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2019年09月23日14:19

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乾石智子『滅びの鐘』(創元推理文庫、2019年)を読む

 乾石智子さんが描く世界は、魔法が存在する。舞台は中世の西欧、北欧をモチーフにした架空の土地。けれども、魔法は万能ではなく、まして魔王と対峙するような勧善懲悪のお話でもない。魔法は歌や詩、言葉と同じく、人をときに喜ばせもするが呪いもする。

 乾石さんは『夜の写本師』(創文推理文庫)をはじめ、同じような舞台、設定の物語を数多く書かれている。その半分が「オーリエラントの魔術師」という同一世界の物語。今回読んだ『滅びの鐘』(創元推理文庫、2019年)はそれとは異なるお話である。


 王が下した虐殺をきっかけに、民族同士の調和が崩れる。物語は、民族間の調和の象徴であった鐘を、魔術師が壊すところからはじまる。その鐘は、単なる象徴ではなく、やはりかつて王家によって虐げられた怨念を封じ込める役割を果たしていた。その封印が解かれ、世界は混沌に導かれる。

 鐘は砕け散り、その破片は世界中にばら撒かれた。そして破片を身に受けた者は、それが人だけでなく、木や獣、魚に至るまで異常を来すこととなった。周囲のものを動物といわず喰らい尽くす大木、言葉を発するようになった虎…。

 そのなかで、王国の王子は、やはり破片を足に受けて歩けなくなった兄の治療法を探すべく、軍勢を率いて戦火に身を投じるようになる。そんな彼も破片が理性を次第に蝕むようになった。片や、歌い手の息子は、それまで不得手だった弓の腕前が突然あがり、攻め寄せてくる王国軍の兵士たちを撃退しながら、故郷を捨てて各地を放浪するのだった。しかしその破片によって自分では制御できない憎悪が広がっていく。


 物語のなかでの封印は、はじめに解かれ、最後に結ばれる。それは秩序と言い換えてもいい。そしてその間は、季節が変化する兆しに表れる嵐のように、既存のものを打ち壊す。封印はなるほど、再び結ばれることにはなるけれど、それは冬が春に、秋が冬へと変わるように、それ以前とは異なる秩序として生まれ変わる。

 その結び直すカギは、封印によって解かれた憎悪を抑え込む何かでなければいけない。そして秩序それ自体がそうであるように、カギはひとつではない。家族や友との絆はもちろん、敵に対する恨み、呪いも飲み込んだ上での諦観、諦念を受け入れた上で、再び結び直される。おびただしい血が流され、命も財産も失ったあとの秩序は、決してめでたしめでたしで生まれるものではないのだ。乾石さんが描く物語には、そうした血の匂い、苦みがある。

 500ページを超す大作であり、読むのはひと苦労なのだけれど、読み始めてからはページをめくることに躊躇はなくなっていた。もちろん読む人を選ぶ物語かもしれないけれど、私はこの苦みこそ、乾石さんの描く世界の味わいを深くしているものだと思っている。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488525095
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