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2016年05月06日07:01

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長州閥政権とナチス勢力の競演、日本軍国化

特定秘密、検査院へ「提供」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3975596

安ジュングンが伊藤博文を殺した犯行理由の14番目に彼は孝明天皇を殺した犯人だからと語っている。

何で佐幕の朝廷が180度態度を変えたか。尊王の会津が何故逆賊になったか。明治維新の全ては長州の謀略から始まるのである。

大体、長州の浪士は幕末佐幕の公家を何の躊躇もなく暗殺しているのだから天皇や皇太子を殺さないわけがない。

大室寅之助が明治天皇で南朝出身と自称していたから、表の歴史では北朝の人なのに明治の皇国史観では楠正成が尊ばれ、足利尊氏が批判されるというのはおかしいと常々思っていたのである。

イギリスロスチャイルド家が支援した長州ファイブが明治革命政権を嘘と騙しで作り上げていったというのであれば幕末の混乱とその後の矛盾に満ちた政局が説明できる。

嘘と騙しで作った長州政権だからその末裔も嘘と騙しで日本人を操ろうとしているのだと。

まあ、そうは問屋が卸さないとだけいっておこう。


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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年05月06日 07:46
    「南朝」正統論は、何も長州藩が言い出したものではなく、それ以前からあったし、大きく取り上げたのは、かの水戸光圀公だった。また、戦後は一転して足利は英雄視されるようになり、逆に南朝はタブーとされ、抹殺されている。南朝も足利氏も、時の権力者にいいように利用されただけ。足利氏は勝ち組だが、兄弟で殺し合うったり、妻の実家を裏切って滅ぼすなど、ダーティ面も多々あるので、批判されるのは当然である。それを、批判するなというのは、それこそ“戦後の史観”(英雄視)そのままの、個人崇拝になってしまうのでは? 歴史上の人物にも功罪両面があり、批判する事自体は、普通の事だと思うのだが…。
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    mixiユーザー2016年05月06日 10:27
    力ある権力者が皇室の人事を握ろうと考えるのは当然で足利の時はそれが北朝で明治は南朝だっただけです。
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    mixiユーザー2016年05月06日 20:19
    又、水戸学がどうであろうと今上天皇が認めない限り皇国史観になりえないのであって、明治天皇が不敬だといえばそれで終わりである。
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    mixiユーザー2016年05月06日 20:31
    足利尊氏をはじめ批判するなとは言っていなく、皇国史観が吹き荒れる時期は足利家の木造の首がとられつるされたという時期があり歴史を断罪するにしてもやり過ぎでふり幅が大きいと感じる。明治維新が表向きは天皇家の転向で始まったとするのはいささか無理がある。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年05月06日 20:32
    伊藤博文と明治天皇は盟友のような描写が多くとても父親の敵には見えないのである。
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    mixiユーザー2016年05月06日 21:50
    明治期に形成された「国家神道」や「皇国史観」には不自然な部分が多く、無理があったので、戦後はその反動で、左翼的史観になり…。極端に走らずに、客観的な見方が大切ですね。

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