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2021年02月03日00:37

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わかっていいものと、わかってはならないものがある

■家事支援や児相も頼ったが 産後うつの末、浴槽に長女を
(朝日新聞デジタル - 02月02日 10:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6398190
母親の心境も状況も大変だっただろうが、それは絶対に考慮してはならない。
なぜなら、相手が何も出来ないからだ。

どれほど大変だっただろうが、病気だろうが、
相手には何の落ち度も無ければ、何も対応出来ない。

逆の立場になってみれば、簡単だ。

親が「うつ病だった」「孤立していた」「大変だった」
あらゆる理由によって『死んでくれ』と言われて死ぬ人間が、この日本にいるだろうか?

子供でさえ無ければ、存分に通報なり反撃なり逃走なり、何でもやればいい。
しかし子供は、一切が出来ない。

そして子供の命は、親のモノでは無い。

であれば、全ては「結果責任」。
ひたすらに、「結果責任」に尽きる。
強者の「頑張り」とか「努力」とか「苦悩」とか、弱者には何の意味も無い。

母親は大変な状況であったのだろうが、彼女を心情を酌んでしまったら、
子供はどうなる?

子供は裁判で心境を陳述も出来ない
子供は弁護士を雇って権利も主張出来ない。
子供は行政の助けも求められない。
子供は病院へ行って治療も受けられない。

母親がどれほど大変な状況であったとしても、相手側である子供と比べれば、
あまりにも力の差が歴然である。

労働基準法の労使関係よりも。
男女の肉体的力関係よりも。
富裕層と貧困層の経済力よりも。
専門家と一般消費者の知識差よりも。
大企業と個人の資金力よりも。


契約も逃走も告訴も相談も愚痴も、一切が出来ない生後11か月の子供なのだから、
母親はまずは一切の責任を問われるべきだ。
あまりにも、力の差が大き過ぎる。
だからこそ、子供への行為に対して、母親側に一切の同情はしてはならない。

その後、母親は、存分に、不当な裁判、不足な行政、不満な親族、などを相手に好きなだけ告訴も相談も罵倒も反撃も、どんな方法もやればいい。

11か月の子供には一切が出来ないあらゆる対応が、母親には出来るのだから、
まずはその責は母親だ。
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