鏡の中の静雄の顔は、オバQだった。
或る夜を境に、連日鏡の中の静雄の顔は、オバQなのだった。
大きな両目は埃が入り易く、充血している。
飢えたデカ口は深夜の過食を促す。
デップリした唇は・・・恐らく承認される事に飢えている。
静雄は何か、ここ最近の不調の謎が、
少し解けた様な気がしていた。
静雄は毎朝、ベッドから起き上がる時を恐れていた。
どうにか一日、社会性を発揮して活動するが、
早く夜になってしまって欲しかった。
しかし夜になればなったで一人、妙に神経が冴え渡り、
休まる感じは少なかった。
(何を恐れているのか・・・・・・
そうだ、相手に不安や戸惑いを与えてしまう、あの瞬間だ)
静雄の記憶は過去にまで及ぶ。
親兄弟から、クラスメイトから、先生から、
上司から、同僚から、友人から、かつての彼女から・・・・・・
時折、周囲から見れば意外過ぎたり、
奇行レベルに感じられる事を犯してしまった時、
相手の顔に浮かんで来る不安や戸惑いの表情、
返って来る困った様なリアクションや説教・・・・・・
その時は「嗚呼、やってしまった。気を付けよう」と思っても、
人生上、繰り返して来た行いの数々、
貰って来た、結構な量の、困り顔のリアクションや説教・・・・・・。
静雄は以前、或る人物から言われた事があった。
「静雄さんは面白いですね。アウトプットは礼儀正しく洗練されて、
柔和で穏やかな印象なのに、中身がカタギでない」
(その中身がこれだ。私は本当は・・・・・・オバQなのだ)
確かに静雄は、
「アウトプットは礼儀正しく洗練されて、柔和で穏やかな印象」の男だった。
だからこそ、時折出て来てしまう「オバQ」が、
相手に不安と戸惑いを与えてしまうのである。
相手は四六時中、静雄の事ばかり見張ってるわけでも、考えているわけでもない。
皆、自分自身の事で精一杯で、忙しい。
また、何事に対しても完璧な人間など存在もしない・・・・・・
静雄もアタマでは、そう考えられた。
しかし、「洗練されたアウトプット」を身につけているばかりに、
自分の「オバQ」が出て来てしまった時に、
相手に強めのインパクトを与えてしまう事・・・・・・
それが静雄の毎朝、日々、人生上に感じて来た、怯えの正体だった。
静雄は社会との繋がりを「洗練されたアウトプット」で必死に保ちながら、
正体である「オバQ」を閉じ込めて、隠して隠して、生きて来たし、
そうやって今も生きているのだ。
出来ない完封試合を常に己自身に課しながら・・・・・・。
そしてまた朝が来た。
静雄は、鏡の中のオバQを締め上げる様にネクタイを締めて、
Qちゃんみたいな声でゼェゼェ嘔吐きながら、表へ出た。
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