1940年代伝説の“音痴”ソプラノ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンスの物語。この実在の人物に関しては、いままでもけっこう取り上げられていて、ことし初めの仏映画「偉大なるマルグリット」で題材になったばかりだし、その聴くに堪えない音源は、NHK-FMあたりの“変わり種レコード特集”みたいな番組でけっこう何度も耳にした記憶あり。
主演はメリル・ストリープ。もはやこのひとは歴史上のあらゆる女性著名人を演じないと気が済まないらしい。物語が後半に進むと、奔放な主人公より彼女を温かく見守る夫シンクレア(ヒュー・グラント)に思い入れが移っていくのは男性の私だけではないはず。そしてもうひとり、サイモン・ヘルバーグという男優が演じた特異なキャラのピアニスト、これがまた強烈な印象。
主人公フローレンスは自分が名ソプラノ歌手だと思いこんでいて、音痴であることに気づいていない。シンクレアはじめ周囲がそれをひたすら隠すというのが、ストーリー展開のうえでのひとつの面白さとなるはずなのに、その部分のメリハリがちょっと甘かったかなという気がしないでもない。もちろん最後には夫婦愛の物語としてきっちり着地するのだけど。
周りから観客の笑い声が聞こえてくるような、アメリカの古きシチュエーション・コメディの匂いがプンプンするも、俳優陣が持つ気品みたいなものが、単なるドタバタにならずその寸前でとどめている感じが気持ちいい。自由の国アメリカといえどまだまだスクエアな、当時のセレブリティのファッションやマナー、言葉づかいが存分に味わえる楽しい作品でした。
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