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mixiユーザー(id:2399973)

2016年05月01日11:30

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我が名は鶴亭@神戸市立博物館

18世紀・江戸中期の画僧。つまり僧侶であって画家。鶴亭というのは画号、wikipediaでは海眼浄光という僧名のほうが項目になっている。このポスターだけを見ていると、けっこうポップな感覚の画風に思えるし、展覧会HPをのぞいても色彩感覚にあふれた作品ばかりがならんでいるけど、実際の展示を見るともっと渋い色合いの花鳥画が多かった。

どうやら若冲人気に便乗した催事なのか、作品ごとの解説に目を通しても、若冲のもつポップな側面との対比に多くの文言が割かれていたし、わずかながら若冲自身の作品も展示してあった。若冲のほうが4歳年上ながら鶴亭の弟子にあたるという表記もあったけど、いろいろ調べたら直接のつながりはなく画風の影響だけだったという説もある。

“松竹梅”とはよく言ったもので、掛軸として飾られるだろう縦長の空間に竹や梅をうまくあしらった作品が多く、いつも思うことながらこの時代の画家は咲きほこる桜の花をあまり描かなかったのかと不思議に思う。マジで高僧を五百人描いたのかもと錯覚しそうな「五百羅漢図」のユーモラスなタッチは印象的、まさに“坊主が屏風に坊主の絵を上手に描いた”という趣きである。

長崎生まれ、京都に出てきたあとも大坂・江戸とけっこう居を移し、生涯の後半も各地を旅した鶴亭の人生。享年が64歳というのは、あの時代では長生きのほうなんだろう(若冲は80歳まで生きた!)。まあ実際のところは陽光あふれるGWの神戸の街よりは、静かに雪がちらつく寒空の京都で観たほうが、より雰囲気にあふれた鑑賞になったような気がしないでもない。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年05月01日 13:23
     鶴亭。長崎出身なのに初めて知りました。
     写真からは、あまり若冲の画風に影響を与えたようには見えませんから、おっしゃるとおり、若冲人気に便乗した催事だったのかもしれませんね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年05月01日 21:42
    クゥ〜〜>_<さすがhayamiさんexclamation ×2
    「坊主が屏風に坊主の絵を描いた」って
    めっちゃウケましたぁ(((o(*゚▽゚*)o)))ぴかぴか(新しい)
    指でOK
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年05月01日 23:28
    この人も禅僧だったのかな?有名な「東風吹かば 思い起こせよ梅の花〜」の菅原道真の歌で分りますが、平安期までは「花=梅」だったと聞いたことがあります。今やモノポリー化しているソメイヨシノもまだ無い時代ですし(ぜ〜んぶクローンなんだそうです)。JR鴫野駅近くの公営住宅のせいぜい100m程の通路には、1本ずつ山桜系統の桜が植えられていて、造幣局の「狂躁的な通り抜け」とほぼ同じ時期に、ミニミニ通り抜けが楽しめます。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年05月02日 10:35
    > mixiユーザー あ、上の写真ふたつ(ポスター以外)はあえて若冲から離れたのを選びました。こういう画風がメインだったので。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年05月02日 10:38
    > mixiユーザー ありがとうございます。この日記を書く段になってそのフレーズが思い浮かびました(笑)。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年05月02日 10:41
    > mixiユーザー なるほど。そういえばそうですね。和歌の世界は梅を歌うことのほうが多いですもんね。時代によって“美人”の定義が変わる、みたいなことを思いだしました(笑)。

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