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2020年02月29日17:58

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ともみち くん を 出雲に連れてゆきます !! (はたち過ぎて初めて言葉を話した「ホムチワケ」の伝承をたどって)

突如 かの皇子が口を開いたという「石硐の曾宮 (いわくまのそのみや)」なる地を目指し、ともみち くん 二十歳のお誕生日を挟み込むような日程で 二人旅します。
(あと 伝承では なんの前触れもなく言葉を話したわけではないそうで。鵠 (くぐい) (つまり ハクチョウ) が空ゆくのを指差し、声を上げたことがあったと言います。折しも季節は三月。宍道湖 (しんじこ) からシベリアに帰ってゆく白鳥が見られるといいなと思います。)
 
問題は、その伝承の かの地が、今ではどこに当たるか、なのですが。…

仏経山 (366m) の北西、「曾枳能夜(そぎのや・そきのや)神社」(斐川町 神氷 (かんぴ)) がそれではないかとの言い伝えあり。
(記紀にある 神名火 (神奈備・かんなび) 山 なる 御神体山 と 仏経山 は同じ ?)

そして 生涯初の発言は「川沿いで」でも あったはず。
(下流の方角を見て話したと言う。「山に見えるあの青いのは さてはオオクニヌシのための祭場」。)
(それがゆえに その下流に「出雲大社」が造られた。)

その川とは、
肥河 (ひのかわ) とか
簸の川 (ひのかわ)。現在の名は
斐伊川 (ひいかわ)。
ならばその上流から下流へと川べりを歩いてゆけば道中のどこかが伝承の地点。の、はずですが、そうは問屋がおろしてくれません。もとは出雲平野から西に折れ日本海へ という流れだったのですが、洪水の対策で大規模に工事され (「川違え」てヤツ)、今や完全に東向きに。今では宍道湖に注いでいます。ありゃ〜。

あ、あと、
「鵠神社 (くぐいじんじゃ)」(出雲市 斐川町 求院 八幡宮 境内社)
ての、あるようで。
ゆく。それは ゆかせる。神秘に触れ合わさせる。



[関連する過去記事]

[「出雲と大和」の急遽の閉幕、残念です。そこに ともみち くん を連れてゆくのには、明確なる意味合いがあったのですが。] #コロナウイルス
https://hinden.at.webry.info/202002/article_27.html

[はたち過ぎて初めて言葉を話した「ホムチワケ」(古代出雲の神話) の例もあるし。]
https://hinden.at.webry.info/201902/article_8.html
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[出典]
水木しげるの古代出雲 (角川文庫)
KADOKAWA/角川書店
2015-06-20
水木 しげる
https://www.amazon.co.jp/%E6%B0%B4%E6%9C%A8%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B%E3%81%AE%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%87%BA%E9%9B%B2-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B0%B4%E6%9C%A8-%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B/dp/4041030072?SubscriptionId=AKIAJZPZKAA66PNS4ODQ&tag=hindenmahomah-22&linkCode=xm2&camp=2025&creative=165953&creativeASIN=4041030072
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