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2019年10月21日12:31

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このサイトに嵌まってますPart0039

 本日「5.19皇統廃絶クーデター」発生886日目、「極東戦域核戦争」開戦840日目、「人民の天皇論」宣撫開始175日目(怒)。〔再掲〕日本法制通史概論その8。で、前回からちょっと間をおいて20日後に書いたのが「日本法制通史概論」第19弾「遷宮時代編」。今回はちょーと長いので1本だけ(笑)。〔2016年03月09日掲載〕


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最近、考えたこと。Part0033

 さてと、話を続けますか。前回、国史の時代区分の試案と「時代区分のイデオロギー的側面」について書いた。今日は本道に戻って大和時代供α宮時代後期をやります。まず、遷宮時代とは何か?読んで字のごとく宮殿がしょっちゅう移動していた時代のことだ。なんでこの時代の皇室はしょっちゅうお引越しばかりしていたのか?これには単純な理由があるのだ。一言で言えば


「人間」は歩くが、「お米」は歩かない


からだ(笑)。みんな笑って信じないだろ(笑)?言っとくけどこれは極めてまじめな話だ。トラックはじめ強力無比な輸送機器に恵まれた現代・東京時代を生きているとピンとこないかも知れないけど、この時代輸送手段は歩荷(ポーター・担ぎ屋)と輿(神様の乗ってないお神輿(笑))しかなかったのだ。水運の使えたところは船を使っただろうが「艪」さえろくになかったので「下り」にしか使えなかった。そのうえ「道」が途轍もなく悪く、さらに橋なんて何処にもなかった。それでいて「軍」という強大な人間集団を維持しなければならなかった。絶対的にね(-_-;)。長途の遠征では戦闘要員より遥かに多くの輸送人員がかかっただろう。だから


「首都」から遠征軍を送るより、「遠征軍」の集結適地に首都を置くほうが安上がり


だったのだ。これはべつに珍しい話ではなく古代もしくは中世初期には世界中であった話。いわゆる「さすらいの王様」達がたくさんいた。チャイナでは周代の中期までそうだったし、中東では末期を除くアッシリア帝国やパルティア帝国がそうだ。ドイツなんか首都決まったのが19世紀だぜ、おいおいって(笑)。日本でも現代・東京時代に入ってからでさえ1894年の日清開戦では広島城に大本営が設営され帝国議会が開催される「臨時首都」が置かれたぐらいだ。古代ならなおさらだろ。


すごいよ建国から恒常的な首都である平城建都までの770年間に53回お引越ししてる。神武東征も入れれば54回か(笑)。


14〜15年ごとに「遷宮」していたわけだ。現代庶民よりよっぽと忙しい、連絡の悪い時代だったから「陛下今何処ですかΣ(OoO)?」の天皇陛下行方不明事件もしょっちゅう起こっただろう(笑)。これは困った(笑)。ある意味、皇室と国民の垣根がひどく低かった時代だね。だから、万葉の歌にあるように天皇陛下と庶民の娘の恋とかも結構あった時代。ま、詳しくは書かんけどこのエピソードはお後が悪いんだけどね(-_-;)。このころの家臣たちに習って少し歴代の陛下の後を追ってみるとしますか。「陛下待ってくださーーい」って(笑)。


奈良県橿原市     (畝傍橿原宮)    初代神武天皇 紀元前60年?〜 推定40年間
                      ↓
奈良県御所市     (葛城高丘宮)  第02代綏靖天皇 紀元前20年?〜 推定19年間
                      ↓
奈良県橿原市     (片塩浮孔宮等) 第03代安寧天皇 紀元前01年?〜 推定35年間
                      ↓
奈良県御所市     (葛城掖上宮等) 第05代孝昭天皇 西暦0035年?〜 推定92年間
                      ↓
奈良県磯城郡田原本町 (黒田廬戸宮)  第07代孝霊天皇 西暦0127年?〜 推定42年間
                      ↓
奈良県橿原市     (軽境原宮)   第08代孝元天皇 西暦0169年?〜 推定26年間
                      ↓
奈良県奈良市     (春日率川宮)  第09代開化天皇 西暦0195年?〜 推定32年間
                      ↓
奈良県桜井市     (磯城瑞籬宮等) 第10代崇神天皇 西暦0227年?〜 推定0100年間
                      ↓
滋賀県大津市     (志賀高穴穂宮) 第代12景行天皇 西暦0327年?〜 推定30年間
                      ↓
山口県下関市     (穴門豊浦宮)  第14代仲哀天皇 西暦0357年 〜 推定03年間
                      ↓
福岡県福岡市     (橿日宮)    第14代仲哀天皇 西暦0360年?〜 推定02年間
                      ↓
奈良県桜井市     (磐余稚桜宮)  摂政・神功皇后  西暦0362年 〜 推定05年間
                      ↓
奈良県橿原市     (軽島豊明宮)  第15代応神天皇 西暦0367年?〜 推定12年間
                      ↓
大阪府大阪市     (難波大隅宮等) 第15代応神天皇 西暦0379年?〜 推定49年間
                      ↓
奈良県桜井市     (磐余稚桜宮)  第17代履中天皇 西暦0428年 〜   05年間
                      ↓
大阪府松原市     (丹比柴籬宮)  第18代反正天皇 西暦0433年 〜 推定05年間
                      ↓
奈良県高市郡明日香村 (遠飛鳥宮)   第19代允恭天皇 西暦0438年?〜 推定16年間
                      ↓
奈良県天理市     (石上穴穂宮)  第20代安康天皇 西暦0454年 〜 推定03年間
                      ↓
奈良県桜井市     (泊瀬朝倉宮)  第21代雄略天皇 西暦0457年?〜 推定18年間
                      ↓
奈良県橿原市     (磐余甕栗宮)  第22代清寧天皇 西暦0475年?〜 推定05年間
                      ↓
奈良県葛城市     (忍海角刺宮)  (飯豊青皇女)  西暦0479年?〜 推定01年間
                      ↓
奈良県高市郡明日香村 (近飛鳥八釣宮) 第23代顕宗天皇 西暦0480年?〜 推定08年間
                      ↓
奈良県天理市     (石上広高宮)  第24代仁賢天皇 西暦0488年?〜 推定10年間
                      ↓
奈良県桜井市     (泊瀬列城宮)  第25代武烈天皇 西暦0498年?〜 推定09年間
                      ↓
大阪府枚方市     (樟葉宮)    第26代継体天皇 西暦0507年?〜 推定04年間
                      ↓
京都府京田辺市    (筒城宮)    第26代継体天皇 西暦0511年?〜 推定07年間
                      ↓
京都府長岡京市    (弟国宮)    第26代継体天皇 西暦0518年?〜 推定08年間
                      ↓
奈良県桜井市     (磐余玉穂宮)  第26代継体天皇 西暦0526年?〜 推定02年間
                      ↓
奈良県橿原市     (勾金橋宮)   第27代安閑天皇 西暦0528年 〜   08年間
                      ↓
奈良県高市郡明日香村 (檜隈廬入野宮) 第28代宣化天皇 西暦0536年 〜   04年間
                      ↓
奈良県桜井市     (磯城島金刺宮等)第29代欽明天皇 西暦0540年 〜   52年間
                      ↓
奈良県高市郡明日香村 (豊浦宮等)   第33代推古天皇 西暦0592年 〜   44年間
                      ↓
奈良県橿原市     (田中宮)    第34代舒明天皇 西暦0636年 〜   04年間
                      ↓
奈良県桜井市     (百済宮)    第34代舒明天皇 西暦0640年 〜   03年間
                      ↓
奈良県高市郡明日香村 (飛鳥板蓋宮)  第35代皇極天皇 西暦0643年 〜   09年間
                      ↓
大阪府大阪市     (難波長柄豊碕宮)第36代孝徳天皇 西暦0652年 〜   03年間
                      ↓
奈良県高市郡明日香村 (飛鳥川原宮)  第37代斉明天皇 西暦0655年 〜   06年間
                      ↓
福岡県朝倉市     (朝倉橘広庭宮) 第37代斉明天皇 西暦0661年 〜   03ヶ月
                      ↓
奈良県高市郡明日香村 (飛鳥川原宮)  第38代天智天皇 西暦0661年 〜   06年間
                      ↓
滋賀県大津市     (近江大津宮)  第38代天智天皇 西暦0667年 〜   05年間
                      ↓
奈良県高市郡明日香村 (近江大津宮)  第40代天武天皇 西暦0672年 〜   21年間
                      ↓
奈良県橿原市     (藤原宮)    第41代持統天皇 西暦0694年 〜   16年間
                      ↓
奈良県奈良市     (平城宮)    第43代元明天皇 西暦0710年 〜   74年間
                      ↓
京都府向日市     (長岡宮)    第50代桓武天皇 西暦0784年 〜   10年間
                      ↓
京都府京都市     (平安宮)    第50代桓武天皇 西暦0794年 〜  386年間
                      ↓
兵庫県神戸市     (福原宮)    第81代安徳天皇 西暦1180年 〜   05ヶ月
                      ↓
京都府京都市     (平安宮)    第81代安徳天皇 西暦1180年 〜  688年間
                      ↓
東京都千代田区    (東京宮城)   第0124代明治天皇 西暦1868年 〜
                      ↓
現代・東京時代    (東京宮城)   第0127代今上陛下 西暦2016年 今年で149年目


ってわけだ。西暦0710年の平城建都以来、皇室がうって変わって「定住」し始めたのが良く判る。ちなみに、古代皇室の「総本拠地」は「建国の地」である奈良県橿原市とそれに隣接する4つの市町村(御所市・磯城郡田原本町・桜井市・高市郡明日香村)をあわせた奈良県中部一帯で特に初期には御所市、中期には桜井市、後期には明日香村がお気に入りだった。5市町村を一体の「総本拠地」と考えると上記チャートをかなり簡略化できる。簡略化したチャートは以下のとおり


「総本拠地」     (畝傍橿原宮等)   初代神武天皇 紀元前60年?〜 推定254年間
                      ↓
奈良県奈良市     (春日率川宮)  第09代開化天皇 西暦0195年?〜 推定 32年間
                      ↓
「総本拠地」     (磯城瑞籬宮等) 第10代崇神天皇 西暦0227年?〜 推定100年間                      ↓

滋賀県大津市     (志賀高穴穂宮) 第12代景行天皇 西暦0327年?〜 推定 30年間
                      ↓
山口県下関市     (穴門豊浦宮)  第14代仲哀天皇 西暦0357年 〜 推定  3年間
                      ↓
福岡県福岡市     (橿日宮)    第14代仲哀天皇 西暦0360年?〜 推定  2年間
                      ↓
「総本拠地」     (磐余稚桜宮等) 摂政・神功皇后  西暦0362年 〜 推定 17年間
                      ↓
大阪府大阪市     (難波大隅宮等) 第15代応神天皇 西暦0379年?〜 推定 49年間
                      ↓
「総本拠地」     (磐余稚桜宮)  第17代履中天皇 西暦0428年 〜     5年間
                      ↓
大阪府松原市     (丹比柴籬宮)  第18代反正天皇 西暦0433年 〜 推定  5年間
                      ↓
「総本拠地」     (遠飛鳥宮)   第19代允恭天皇 西暦0438年?〜 推定 16年間
                      ↓
奈良県天理市     (石上穴穂宮)  第20代安康天皇 西暦0454年 〜 推定  3年間
                      ↓
「総本拠地」     (泊瀬朝倉宮等) 第21代雄略天皇 西暦0457年?〜 推定 32年間
                      ↓
奈良県天理市     (石上広高宮)  第24代仁賢天皇 西暦0488年?〜 推定 10年間
                      ↓
「総本拠地」     (泊瀬列城宮)  第25代武烈天皇 西暦0498年?〜 推定 09年間
                      ↓
大阪府枚方市     (樟葉宮)    第26代継体天皇 西暦0507年?〜 推定 04年間
                      ↓
京都府京田辺市    (筒城宮)    第26代継体天皇 西暦0511年?〜 推定 07年間
                      ↓
京都府長岡京市    (弟国宮)    第26代継体天皇 西暦0518年?〜 推定 08年間
                      ↓
「総本拠地」     (磐余玉穂宮等) 第26代継体天皇 西暦0526年?〜 推定126年間
                      ↓
大阪府大阪市     (難波長柄豊碕宮)第36代孝徳天皇 西暦0652年 〜    03年間
                      ↓
「総本拠地」     (飛鳥川原宮)  第37代斉明天皇 西暦0655年 〜    12年間
                      ↓
滋賀県大津市     (近江大津宮)  第38代天智天皇 西暦0667年 〜    05年間
                      ↓
「総本拠地」     (飛鳥浄御原宮等)第40代天武天皇 西暦0672年 〜    37年間
                      ↓
奈良県奈良市     (平城宮)    第43代元明天皇 西暦0710年 〜    74年間
                      ↓
京都府向日市     (長岡宮)    第50代桓武天皇 西暦0784年 〜    10年間
                      ↓
京都府京都市     (平安宮)    第50代桓武天皇 西暦0794年 〜  1074年間
                      ↓
東京都千代田区    (東京宮城)   第0124代明治天皇 西暦1868年 〜
                      ↓
現代・東京時代    (東京宮城)   第0127代今上陛下 西暦2016年  今年で149年目


そして、平城建都(奈良時代の始まり)以前に「総本拠地」を出ていた時期が「動乱」の時代だったわけだ。今日は疲れたのでその具体的な分析と解説についてはまた次回語ろう。とほほ。


PS、明治天皇を124代、今上陛下を127代天皇と書いたが一般にはそれぞれ「122代」、「125代」と「呼称」する。だが、おいらは「持明院統正統論」に立つので「第100代」後小松天皇以後の歴代諸帝の代を二つずつ「加称」する。これは「皇位継承法制」にもかかわる「途轍もなく重要な論点」なので一切妥協しない。なんでこんな重要な論点があやふやなままに放置されているのかまったく理解できない(怒)。これに関しては中川八洋も「同罪」だ。奴との対立点でもある「天皇機関説」への徹底的な批判的論理分析とともに本稿において書き進めて行くこととする。ほんと、日本には「真面目」な法学者・歴史学者は一人もおらんのか(激怒)!くっされ!


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で、イザワのド・アホウにパクられたのが「こっち」(怒)。しかも、読んでて泣きたくなる様なマヌケた「言い訳」に使いやんの(悪笑)。わざわざこっちが親切に呉座の「完全論破法」まで書いてやってんのに、ヘタレてコレだけつかうかフツー(-_-#)?はーーー、お前に少しでも期待した俺がアホだったよ(怒)。「その8」はデーター量の関係から今日はここまで(笑)。まだまだ続きます(笑)。その話はまた次回語ろう。


おまけにみくしー検索かけてみました。

「遷宮」

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