輸入ワインを一般的な日本人がボトルで買う、なんて考えられなかった時代だね。
先にある程度のヒットを海外で飛ばしていたから、日本では更にそれをブーストさせた。
わざわざ分厚いハンドブックまで出版され、そこには名だたる人たちが寄稿していた。岡本太郎もいたんだよな。
ブレークスルーポイントのようなものだ。
熱狂的な集団を作り出す。可能なら東京で。
そうすると、その情報は日本中に伝播する。
ヌーヴォーの時は典型的な成功を収めた。
面白いのはその頃の酒専門店たちの反応で、彼らはこのブームを「ワインというジャンルのヒットの兆候」と見做し、ボージョレではない新酒も売ろうとしていた事だ。
しかし一般人はあくまで「デュブッフが起こしたボージョレヌーヴォーのブーム」にしか食い付かず、オーストラリアのそれも他のも定着はしなかった。
彼らは市場の拡大を諦め、ボージョレヌーヴォーを売る事だけに専念するようになった。
一点集中。「ボージョレヌーヴォーを売る」という競争。
これが売れるのは、自分の店が「ビール屋ではない」という証。過剰な競争は大量の売れ残りを生み出した。
やりすぎて「100年に1度のでき」と根拠なく言ったところで、ネット時代が来ていたからさんざんに茶化されてたのが10年前…………
一人でここまで世の中を動かしたら、まあ痛快だったろうなあw
ご本人は国際線にも商品を置いてもらえる堅実な商人だったが、そのへんは日本ではあまり知られていない。
ほんとに「ボージョレの帝王」で相応しい。
御冥福を。
■ジョルジュ・デュブッフさん死去 「ボージョレの帝王」
(朝日新聞デジタル - 01月06日 03:19)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5925694
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