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2020年01月19日13:28

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[意見表明]香川県庁職員の私が香川県ネット・ゲーム依存症対策条例素案について思うこと

 今年春の制定を目指すとされている「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」の素案(以下、「本条例素案」とする。)について、香川県庁健康福祉部の一職員として個人的に意見を述べさせていただきます。本条例素案はネット・ゲームの規制という結論ありきで、当事者たる子どもを交えた議論のないまま委員会内で一方的に話が進められていることに強い危機感を覚え、私はこの条例の制定に反対します。
 他の方からも本条例素案の問題点は多数指摘されていますが、私から提示させていただく根拠は以下の4点です。

(a)家庭で決めるべき事項に介入する問題点、自己決定権の侵害
(b)インターネットの利用時間を制限することの非現実性
(c)子どもの権利条約との矛盾
(d)各部局のネット・ゲームを利用した広報・振興戦略との矛盾


(a)家庭で決めるべき事項に介入する問題点、自己決定権の侵害
 「ゲームは一日一時間まで」という言い回しがあるように、各家庭においてテレビゲームの時間を決めるという行為は日常的に行われてきました。これは親子の間で取り決められた約束であり、子どもにとっては納得したうえで約束を結び、それを守る大切さを遊びの中で学んでゆく事にもつながりました。
 さて、本条例素案の時間制限について、平日60分までゲームをするという感覚で解釈した方からは妥当な長さという声もあるかもしれません。しかし、問題の本質は時間帯や長さではなく、前述のような親子間の主体的な調整や納得を得られないまま一方的に時間制限を押し付けるところにあります。これでは子どもにとって納得のできる約束を自発的に結び守るという機会を一つ奪ってしまうことになります。さらに親にとっても、家庭のルールを第三者に一方的に決められ、家庭教育における主体性・自己決定権の侵害を受けることを意味します。すなわち、条例によって時間制限を設けるという発想自体が間違っているのです。

 また、規制の対象は「ネット依存症につながるようなスマートフォン等の使用」とされていますが、この規定が保護者によって的確に運用されるのかも疑問です。例えば依存症になった子どもについて、専門家による事後の分析で個別のケースとしてどのような使用が依存症につながったかが判断できるかもしれませんが、専門家である訳ではない保護者によって、しかも事前に依存症につながるかどうかを峻別することは困難であり、自ずとスマホの使用全般の制限のような過剰な制限を招く表現になっています。

 さらに、該当箇所の記載の仕方にも問題があります。以下に本条例素案第18条を引用します。
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第18条
 保護者は、子どもにスマートフォン等を使用させるに当たっては、子どもの年齢、各家庭の実情等を考慮の上、その使用に伴う危険性及び過度の使用による弊害等について、子どもと話し合い、使用に関するルールづくり及びその見直しを行うものとする。
(2) 保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に付けられるよう、子どものネット依存症につながるようなスマートフォン等の使用に当たっては、1日当たりの使用時間が60分まで(学校の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とするとともに、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10までに使用をやめるルールを遵守させるものとする。
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 第18条第1項では家庭でのルール作りを求めていますが、その一方で、第2項で60分ないし90分という極めて短い時間制限を課しています。これが短すぎる根拠は後述の(b)で述べますが、各家庭の判断が入り込む余地はなく、もし本条例素案がそのまま採用されたならばこの時間に合わせざるを得ない長さです。このように一方では家庭での裁量があるかのように見せかけておきながら、同じ条文内でその行使を事実上不可能にするような規定は、社会の基本的単位である家庭が当然保証されるべき自己決定権を蔑ろにし、ひいては有権者を愚弄するものに他なりません。
 以上のことから、親子の両方が主体的に考え学ぶ機会を奪う画一的な時間制限はやめるべきであり、本条例素案第18条第2項から時間制限に関する規定の削除が必要であると考えます。


(b)インターネットの利用時間を制限することの非現実性
規制対象はゲームだけではありません。本条例素案第2条第2項には規制の対象となるネット・ゲームの定義として次の記述があります。
  「ネット・ゲーム インターネット及びコンピュータゲームをいう。」
 十把一からげにネットとゲームを規制対象としていますが、日常生活のありとあらゆる部分にインターネットが入り込んだ今日、そのような機器を使用せずに社会生活を送ることは不可能と言えます。
 子どもは日々、学校のこと、部活のことを始め様々なことで友人・家族との連絡を取りながら学校生活や家庭生活を過ごしています。現在はラインのようなメッセージアプリが主流ですが、従来そういったやり取りに使われるのは電子メールが主流でした。いずれもインターネットを通じて情報のやり取りをするという点では同じです。
 さらに、子どもにとってもリアルタイムの天気情報や災害情報、公共交通機関の運行情報などインターネットを通じて得られる有益な情報は実に多彩であり、受験の対策には時事問題を通じた学びも欠かせません。
 私事になりますが、私が高校生であった15年ほど前には新聞とインターネットを併用して情報収集した天気や時事のネタを交えつつ、メールマガジン・メーリングリストの形でクラスメイトに対し学校生活に役立つ情報を配信しており、その時点ですでにインターネットを利用した情報伝達は学校生活に欠かせないものとなっていました。
 ネットを通じたやり取りに話を戻すと、そういった学校生活・日常生活に欠かせないやり取りかかる時間について、ラインや電子メール、あるいはポケベルによる通信を利用していた方もお分かりになると思いますが、メッセージを送ったからと言ってすぐに返ってくる訳ではありません。放課後も部活や学習塾、家の手伝い等で忙しい子どもがすぐに返せる状態とは限りませんし、また返信の内容を丁寧に吟味している場合もあります。
 以上のような日常生活に欠くことのできないインターネット通信まで含めて60分ないし90分の規制をされた場合、子どもが日々の学習や生活から抱く健全な知的好奇心を満たし、その中でメディアリテラシーを実践とともに身に着け教養を養う為に使える時間はとても十分とは言えませんし、ましてゲームをする時間など残されていません。(c)でも述べますが、これが子どもの権利の侵害であることは明らかです。
 以上のことから、インターネットの利用を時間によって規制することが非現実的であり、しかも60分ないし90分があまりにも短いと結論付けます。

 にもかかわらず、上で述べたように生活に欠かせないインターネットと、インターネットを利用する機能の一つであるスマホゲームを同一に論じた上、先に述べたように一方的に規制対象として決めつけることは柔軟な思考が失われた思考停止の状態であり、かつてゲーム規制論者によって盛んに使用された表現を借りるならばまさに「ゲーム脳」と呼ばれた状態とそっくりだと思われますがいかがでしょうか。
※念のため補足しておくと、ゲーム脳の主張は擬似科学として現在では完全に否定されています。


(c)子どもの権利条約との矛盾
 1989年に国連で採択された子どもの権利条約では子どもを守る規定が定められていますが、前述のようなネット・ゲーム規制はこの条約のいくつかの条項に抵触することが考えられます。その部分を下記の通り引用します。

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第12条 1. 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。
第13条 1. 児童は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。
第23条 1. 締約国は、精神的又は身体的な障害を有する児童が、その尊厳を確保し、自立を促進し及び社会への積極的な参加を容易にする条件の下で十分かつ相応な生活を享受すべきであることを認める。
第31条 1. 締約国は、休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める。
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 なお、子どもの権利条約では第1条で「児童」を原則18歳未満のすべての者と定義しており、本条例素案第2条第1項に定義する「子ども」と同義です。

・第12条 自己の意見を表明する権利、および第13条 表現の自由の権利について。
 子どもが主な対象となる本条例素案において、当事者である子どもが形成段階の議論に関わることなく委員会の中で一方的に進められたことは、子どもが自己の意見を表明する権利を定めた第12条と矛盾しています。
 また、(b)で述べた通り、1日60分ないし90分の枠組みの中で日常生活に必要な通信を行い、かつインターネットを介して情報を収集し、自己の意見を形成し発表する事は困難であり、意見表明の機会を事実上奪うことになります。
・第23条 精神的又は身体的な障害を有する児童について。
 障害により通学や対面でのコミュニケーションが困難な子どもにとって、インターネットは他者との意思疎通を図る上で生命線ともいえる重要な手段になっていますが、画一的な制限を課す本条例素案ではこうした障害を有する子どもに対するサポートが全く抜け落ちています。香川県健康福祉部の職員として、こうした子どもたちを置き去りにする条例を看過することはできません。
・第31条 休息及び余暇、文化的な生活の権利について。
 子どもに与えるべき教育にばかり目が行き、見過ごされがちな休息と余暇の権利ですが、この権利は条約でもはっきりと保障されています。子どもの学習の観点からも適切に余暇を楽しむことは日々の生活に活力を与え、学習の意欲や能率向上にも寄与する効果があります。
 また、ゲームと文化の関係で言えば2016年のリオデジャネイロオリンピックの閉会式では安倍首相がゲームのキャラクターに扮し、大きな反響を呼んだほか、現在はeスポーツの活性化が国を挙げて進められています。今やゲームは日本を代表する文化に成長し、子どもが文化を理解し自由に体験して感動を共有する機会は家族や法令によって守られなければなりませんし、その機会を奪う本条例素案は子どもの権利条約に矛盾しています。


(d)各部局のネット・ゲームを利用した広報・振興戦略との矛盾
 香川県では、10年ほど前から「うどん県」という2ちゃんねる(当時)発祥のネタを公式に採用したり、瀬戸内国際芸術祭のPRにSNSでの高い訴求力を生かしたりとネットが育んだ若者文化を積極的に取り入れ県の魅力の発信に活用してきしました。そうした観光PR取り組みに対する反応は良好で、昨年開催された瀬戸内国際芸術祭では前回の2016年を上回る高い動員数を記録、県のイメージアップにもつながりました。そしてつい先日の話ですが、大手旅行サイト「ブッキングドットコム」にて「2020年に訪れるべき場所10選」に日本から唯一高松市が選ばれました。さらにここ半年では、「ヤドン県」と題して人気位置情報ゲーム「ポケモンGO」とのコラボレーションも果たし、若者のみならず県内外の子どもたちに対しても香川県やその魅力に興味を持ってもらい出かけたくなるようなPRが行われています。
 また、独自のキャラクターを利用しインターネットを活用した香川県の事業に、廃棄物対策課による海ごみ問題を啓発のための子どもをターゲットにしたYouTube動画や、健康福祉総務課によるゲーム感覚で健康づくりを支援する健康ポイント制度などがあり、それまで学校経由になるなど直接メッセージが届きにくかった子どもを巻き込んだ施策が進められているところです。
 こうして子どもや若い世代に対してしっかり発信、また啓発し、香川県の魅力を広めることに成功してきただけに、本条例素案の発表はネット上で深い失望をもって受け止められました。情報の大切な受け手たる子どもから情報を遮断するようなネット・ゲーム規制は、先述の各部局の努力を踏みにじり成果を水泡に帰さんとするものであり、香川県庁の職員として到底看過できるものではありません。
 また、近年小学校からプログラミング教育が行われ、現代社会にふさわしいプログラミングの基礎知識を身に着けるとともに、これからの時代を担うIT人材の養成が期待されています。その中でプログラミングに興味を持ち、学校外の時間にもプログラミングについての知識や技能を高めたい子どもが出てきても、ネット・ゲーム規制があること自体がその興味を低下させかねません。なぜなら、本条例素案の規定通りに行くと学習のためのスマホ・パソコンの使用であっても「依存症につながるようなスマートフォン等の使用」でないことを(保護者に)示さなければならないからです。
 こうした環境下で香川県内から他県に負けないIT人材が育つと想定することは困難です。今後の趨勢として、各事業所の業務の電子化がさらに進むほか日々高度化するネット犯罪の対応の為より多くの高度なIT人材が必要とされる一方で、少子化の進行により働き手が減っていくことが予想されます。将来こうした貴重な人材を県外や外国出身者に頼りきりになるつもりなのでしょうか。


 以上(a)から(d)の根拠を踏まえ、家庭の権利を奪い規制の施行方法も非現実的、子どもの権利条約に矛盾しさらに香川県の衰退も招きかねない「香川県ネット・ゲーム規制条例」の制定に反対します。


 以下に、想定される反論とその回答について述べます。
・スマートフォン利用時間が長ければ問題の正答率が下がるグラフが示している通り、スマホが子どもの学力低下の原因であることが分かるのではないか。
→確かに1日3時間程度以上の長時間の使用は正答率の低下をもたらすことが読み取れるデータが示されています。しかしたとえ長時間使用する子どもに対して個別に何らかの措置が必要であったとしても、長時間使用に至った背景を考え原因を考慮しなければ有効な措置とは言えず、条例で一律に時間制限を課すことは過剰な規制であり適切ではありません。2時間程度までの使用について言えば正答率が微増する科目もあり有意な差とは言えません。また、このグラフから1日に4時間以上スマホを使う子どもがどれだけいるかといったことを読み取ることはできません。
さらに言えば、子どもの成長にとって学力が全てではありません。大学に入ってからは、座学にとどまらない幅広い教養を身に着けた大人を目指し、自分の興味関心を追求し専門性を磨くことが求められます。自ら主体的に情報を調べ追求するという経験を子どもの頃からインターネットを通じて得ることも学習と同様に大切なものであると考えます。

・WHOで疾病認定されたのだから規制すべきでは。
→確かに疾病の予防は大切なことです。しかし、予防のためだからと言って使用自体を一律に規制することはあまりに短絡的で問題へのアプローチの仕方として間違っています。視力低下を防ぐ目的で読書を規制するのでしょうか?糖尿病や高血圧を防ぐ目的でうどんを規制するのでしょうか?

・子どもがスマホでウェブサイトを閲覧するのは規制すべき
→携帯端末でウェブサイトを閲覧できるのは今に始まったことではなく、スマホの存在しなかった20年以上前からiモードのような形で携帯電話でのweb閲覧は可能でした。その頃に比べれば保護者によるフィルタリングなど子どもを有害情報から守る機能はむしろ発達しています。先に述べたようにインターネットの閲覧が日常生活に欠かせないことからも、使用にあたってのルールは条例が介入することではなく家庭で決める問題であると考えます。

・時事問題の情報収集には新聞やテレビで十分ではないか。
→確かに発信者のはっきりした情報源で情報を得ることはメディアリテラシーの観点からも大切なことです。しかし、インターネットはそこから一歩踏み込んだ深い学びやそこで子どもが抱く疑問への柔軟な対応に長けており、情報収集の手段としては車の両輪のようにどちらも欠くことができないものであると考えます。

・中国、韓国でゲームの時間帯や長さが規制されている例があり、これに倣うべきではないか。
→これらの国で規制に至った経緯にはそれぞれの背景があり、ただ形式を真似ればいいというものではありません。韓国で16歳未満が深夜帯(0-6時)にオンラインゲームをできなくするシャットダウン制(インターネット自体は対象外)が制定されたのは2011年であり当時強い反発を招きました。しかしながら規制が統計的に有意な効果を上げていないとする漢陽大の論文も報道され(2017年8月6日発表、ホンソンヒョプ氏。聯合ニュース。)、ゲーム規制の実効性が薄いという意見が示されています。
 また、中国の規制はゲーム時間・時間帯の規制の厳格化のためアカウントへの国民IDナンバー登録が義務付けられるのみならずゲーム内やネット上の発言までもが監視対象となっており、むしろ厳格な規制がいかに国民の自由を奪っているかを知るのに適した事例となっています。


 最後に、2月議会が始まる前のなるべく早い時期に意見表明をしなければならないと思い乱文乱筆になったことをお詫びします。本条例素案について考えるとき、この意見を読んでくださった皆様の中に何か残るものがあれば幸いです。そして、もしよろしければ本条例素案に賛成か反対かを問わず、今後実施されるパブリックコメントにて是非皆様の意見を表明してください。
 最後まで読んでいただきありがとうございました。

令和2年1月19日
田口 隆介

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