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2020年03月31日23:25

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本 ”檸檬のころ”  豊島ミホ

”檸檬のころ” 豊島ミホ

地方(秋田)の進学高を舞台に”地味な人なりの青春”がテーマの連作短編集、
自ら底辺女子高生だったと自認する作者の代表作(2005年刊)を図書館で。

結構好きな作家で、過去に読んだ”神田川デイズ”(2011/1/22日記)と同じく、
各章の主人公が他の章では脇役として出てくる、3年生の始業式から
卒業式までの一年が7つの物語で綴られます。

一緒に電車通学していた友人智が急に保健室登校をするようになり、
その隙に男子生徒から一緒に通学しようと告られ悩むゆみ子。
司法試験に落ち続けて久しぶりに母校の前にある実家の駄菓子屋に帰ってきた晋平、
冴えなかった高校時代を思い出す。
同じ中学から一緒に進学し当然付き合うと思っていた西と加代子、なのに西と同じ
野球部の佐々木が加代子を好きになってしまいよそよそしくなっていく二人。
男女総勢20人を賄う下宿屋の24歳の娘理香、母から男女交際禁止の決まりを破る
林と珠紀を別れさせるように命じられ途方に暮れる。
ロック評論家に憧れる音楽一筋の白田恵、軽音楽部の辻本と意気投合し
始めて恋に落ちる。しかし従姉妹の方が先に音楽雑誌に載り、落ち込む。
保健室登校の智を卒業させるため何とか授業に出席させようと手を焼く担任教師。
東京の大学に合格した加代子と学力が足りず地元の大学に残る佐々木、
淡々と別れを受け入れる二人、でも最後の駅の見送りでは、、、。

いじめ対象や最底辺や不登校ほどではない、さりとて成績が良かったり、
クラブのレギュラーとか何かの才能で注目されたりすることもない、
そんな普通で、少し人より自意識過剰な高校生たちの姿にすごく共感します。

確かに尊敬されることもなく、思い通りのことは起こらないけど、
それでも信頼する友人や助けてくれたり理解者がいたり、
何でもない学校の日々がある。
それこそが大人になって考えたら、実はかけがえのない思い出。

当時の酸っぱいできごとが、料理の調味料のように後になって印象に残ってたり、
引き立てあったりする、そんなまさに”檸檬”のようなころのお話。
青春のフレッシュさにも被っていて、上手いタイトルです。
主人公がバラバラなのに上手く繋がっていて一体感がある構成も見事だし。 

特に、ロック評論家を目指す白田恵の章”ラストソング”が一番印象的でした。
ロックへの想い、田舎から抜けだしたいイラだち、従姉妹の才能への嫉妬と自己嫌悪、
初めて価値観の合う人間と出会えた喜びとそれが恋に変わるときめき、
作詞という新たな表現方法への目覚めと言った様々で複雑な感情が
リアルに伝わってきました。

心象描写だけでなく、通学時の電車やバスからの四季折々の景色、
教室内の生徒たちの様子、窓から見える空や校庭、渡り廊下などの
情景描写がまたきめ細やかで、より主人公たちの世界に入っていけました。
通学時の景色は違いますが、それ以外は自分の高校時代と変わらないし。

この小説、2007年に映画化されてます。私と同じ堺出身で、
”かぞくのひけつ”という映画でファンになった谷村美月が出ているということで、
スカパーか何かで放送されたのを見ました。榮倉奈々が主役で加代子役、
谷村美月は白田恵役でしたが、完全に主役を食った見事な演技でした。
ほんま檸檬のように輝いてました。

この映画で原作者豊島ミホを知り、”神田川デイズ”を読んでみたら、
大学生活の中での目立てない若者のささやかな青春がこれまたハマってて共感し、
その後、”リテイクシックスティーン”(2013/3/10日記)という目立たなかった
高校生活をやり直そうタイムスリップしてきた友人を見守る女子高生が主人の
物語を読みましたが、これも面白かった。
そういうわけで、今回、ようやく作者の原点である本作に触れることができました。

作者は本作を含め目立たない青春、すなわち今ではよく使われてる
スクールカーストの下層の世界を描いた先駆者と言われてます。
2006年に”底辺女子高生”という作品もあり、その後朝井リョウが
”桐島、部活やめるってよ”で2010年にデビュー、
一気にこのスクールカースト文学が広まりました。

ある意味、第一人者でもあるのですが、現在は引退しているという。
時折ブログの更新をして婚活の悩みを書いてたかと思うと、
生涯の伴侶を見つけ、そして子供も授かって幸せな日々を送っているようです。

目立たない高校生活を送っていても、いつかはその人なりのささやかな幸せがくる。
そして、檸檬のようなあのころ、嫌な思い出も何となくいい思い出になる。
若い人だけでなく、高校時代がはるか昔になった大人が読めば、
より懐かしく、より甘酸っぱく、今の何でもない日々の幸せが胸に染みる、
そんな物語でした。

それにしても、檸檬どころやない酸っぱい世の中になりましたな。
この物語のように、何とか乗り越えられたなあ、と思える日はいつになることやら。
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