次は「サウンドで感じるラブ・ソング」と称して、マーヴィン・ゲイをお届けして参りたいと思います。一応、趣旨を説明しますと、サウンドそれ自体が恋愛要素を喚起させるような音楽を指してます。その基準に則れば歌詞なんてどうでもいいわけで、僕にとってマ
■「パパはいじめない」虐待死の海渡君、親かばう(読売新聞 - 01月27日 14:32)http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1091005&media_id=20以前、児童虐待をモチーフにした『永遠の仔』という本を読んだことがある。やたらとミステリー色が濃くて、小説としては
意外と知られてないことかもしれないけど、僕が住んでいる浜松市は、全国でもっともブラジル人移住者が多い街である。駅前のマックなんか、ブラジル人の溜まり場みたくなってる。ただ基本的に、彼らは日本人である我々と交流を持つことはない。こちらの生活に
いわゆる売れ線のJ−POPを聴いていると、かなりの割合でシンセ・ストリングスが使われていることに気付く。僕は電子音楽が好きなので、サンプリングされたストリングスにもまったく抵抗はない(むしろ大好き)のだが、あの手の使われ方だけはどうにも賛成
ラブ・ソングには、願いが叶わず打ちひしがれた気持ちを綴ったものが多い。ところが、そんな報われない愛の言葉を、軽快なロックンロールに乗せて笑い飛ばしてしまったとき、なぜだか思いもよらぬポップの魔法が宿ってしまう。誰がそれを発見したのか、僕には
誰もが疑問に思っていたが、なぜか大っぴらには言わなかった音楽番組にまつわる慣習。それをこの際だから叫んでしまおう、というのが今回の主旨である。(また長い話です)「なぜ音楽番組はカラオケなのか?」ということ。これは日本に限ったことではないが、
男性の方が終わった恋を引きずる、というのはよく言われる話。そばにいたときは安心しちゃって構ってあげられなかったが、離れてみてようやくその大切さに気付く――なんていう、ありがちなパターン。つくづく男というのは身勝手な生き物ですよね。一方、女性
「○○という存在自体が、もはや一つの音楽ジャンル」。オリジナリティーの強いアーティストへの最大級の賛辞として、このような大袈裟な表現が使われるのをよく見掛ける。こんなのはただの常套句に過ぎないが、もっともその言葉を必要としてるアーティストと
言わずもがなボブ・マーリーとは、レゲエの神様であり、反体制の象徴である。だけど過激なレベル・ミュージックを生み出すさなか、とびっきりスウィートなラブ・ソングも多く手掛けていたことを忘れてはならない。“ノー・ウーマン・ノー・クライ”。もはや知
例によって、2009年は前半と後半で生活が激変してしまい、一方で映画を観る時間はどんどん増えていきました。幸か不幸か。なんと、年間100本も観ていたことが判明したのです。約100本じゃなくて、100本ジャストです。計ったわけじゃなく、不思議なことに数え
レディオヘッドの“オール・アイ・ニード”が、MTVが主催する第三世界救済キャンペーンのビデオに使われると聞いたとき、僕は驚かずにはいられなかった。なぜなら、MTVなんて彼らがもっとも忌み嫌うような消費メディアの象徴であり、おそらく今までなら
ラージ・プロフェッサー、ピート・ロック、DJプレミア、Qティップ…。ニューヨークのヒップホップ・シーンを牽引する偉大なプロデューサーたちの名前である。今では考えられないことだが、ナズのデビュー作にはこの豪華な面々がこぞってトラックを提供して
ある意味、U2化が進行している今となってはそういう印象は薄まってきているが、初期のころのコールドプレイはとにかく冬に似合う曲が多かった。日本ではまったくと言っていいほど知名度が無かったデビュー当時、僕はよく『パラシューツ』を聴きながらバイト先
昨年のいまごろ、「おそらく最大級の変化は今年度に訪れるだろう。」と日記で書きましたが、本当に訪れてしまいました。それも特大のやつが。ただその反面、プライベート的には非常に充実した1年間でした。数々の得難き出会いがあり、そのいくつかは確実に自
もはやU2の音楽を語る際、なにかしら政治的なコンテキストを踏まえずそこに耳を傾けることは難しくなった。誰しもが彼らの発言にイデオロギーの匂いを嗅ぎ取り、歌の物語からは史実のメタファーを探した。そういった窮屈な立場に追い込んだのは他でもないボ