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2020年07月04日10:36

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Born to Die/Lana Del Rey

あらためて10年代の優れた音楽を振り返ってみよう」、第2段はラナ・デル・レイです。

 この人が本作『ボーン・トゥ・ダイ』でメジャー・デビューを果たした際、業界はやたらとノスタルジックで扇動的な言論によって、彼女を10年代に生まれ変わった50年代のスターかのようにもてはやしていたのを覚えている。

 たしかに“ヴィデオ・ゲームズ”は圧巻だった。粒子の粗いホーム・ビデオ風のミュージック・ビデオに収められれている彼女の化石のようなボイスは、まるで裏庭から70年前に掘り起こされたタイム・カプセルかのように、現代の聴衆にはノスタルジックに響いた。

 だが本当の意味で僕を驚かせたのは、クラシカルなストリングスが淡い思い出を想起させながらも、随所に現代的なプロダクションが施されていること。たとえばタイトル・トラック“ボーン・トゥ・ダイ”を例に挙げても、狙いすましたかのような往年ハリウッド・ミュージカルのようなイントロダクションに続いて我々が耳にするのは、その時代には決して生まれていなかったフィードバック・ノイズ。それはまるでモノクロのサイレント映画の中に、突如としてCGで描かれたモンスターが出てきたような違和感(笑)。

 僕が次に驚いたのは、彼女の万華鏡と呼ぶにはあまりに不安定な、声色そのものを曲毎に作り変えてしまう特異なボーカリゼーションだった。あるときはナンシー・シナトラのようにクラシカルにふるまっていたかと思えば、あるときはケイト・ブッシュのように小悪魔と化し、あるときはシンディー・ローパーのようにハスキーに戯れる。
 長い下積み時代が生んだ試行錯誤の賜物だろうか、僕はそうした時代に培われたシンガーとしての技量を好意的に、いやもっと正確に言うなら「同情的」に捉えている。

 肝心の楽曲に関しても、長らく研鑽を積んできたのだろう、「ひとりのシンガーソングライターの作る口当たりの良いポップス」としての完成度は疑いようがないほど高い。意外とバリエーションもあるし。早い話が、普通に良いメロの良曲ばかり。

 『ボーン・トゥ・ダイ』にはアルバムとしてのコンセプチャルな一貫性は薄い。だからこそ僕は、普通に良い曲を作るラナ・デル・レイをもっと聴いていたいし、本人が一生懸命こしらえた「50年代的アメリカのノスタルジックな神話」をひっぺがした先にある、生身の状態をまじまじと見てみたいと思っている。(いや、エロい意味じゃなくてね)。

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