前作『
トゥモローズ・ボタン・ボクシーズ』が比較的ラフな手触りを残したままのインディ・エレクトロ・ミュージックといった趣だったのに対して、5年ぶりにリリースされた本作『アニマ』は、隅々まで入念に手が加えられ、複数のレイヤーが重ねられた凝りに凝ったエレクトロ・アルバムだった。
この短いようで長い5年間の間に、本体レディオヘッドは『
ア・ムーン・シェイプト・プール』をリリース、そしてトム・ヨークのソロとしては映画のサントラ『
サスペリア』の制作にあたっていた。
より具体的なリファレンスを指摘するのならば、『ア・ムーン〜』からはフランス印象派を思わせる繊細なタッチで高度にソフィスティケートされたアレンジ、そして『サスペリア』からはロンドン・コンテンポラリー・オーケストラの重層的なクワイアがさり気なく、だが確実に新しいトーンとして反映されている。要するに、いつもよりも手間が掛かっている。
僕はこの機会に、ソロ第一作『
ジ・イレイザー』を聴き返してみたのだが、こんな素朴な歌のアルバムだったっけ?と驚かされた。そこには開発したばかりのモジュレータを無邪気に操るトム青年がいた。いつの間にか、トム・ヨークも大人(初老?)になっていた。そして、彼の音楽に慣れ親しんでいる僕たちリスナーも確実に年を取っていたようだ。
従来はもっとビート・メイクのセンスや、リフのキャッチーさに頼った奇抜な音作りが多かったが、今はビートというよりも音響面に対するこだわりの方が強く感じられる。その結果として、彼が昔から表現していた、現代社会を覆う「不安」というフィーリングも、より多彩で、より多面的で、より大きな「物語」を必要とする音に変容しているように思える。
あるいは、公式リリースとしては長らく見送られていたが、今回初収録となった“Twist”を採り上げるとわかりやすいかもしれない。以前のヴァージョンはひたすらヴォイス・ループが繰り返されるミニマルなアレンジだったはずだが、今回収録されたのはより複雑でドラマチック。前半こそダブステップ〜グライム的ないつも通りのダウナーな展開ながら、後半になるとシンセ・ストリングスが突如として暗黒の雲間を引き裂き、美しい女性コーラス(ボーカルのピッチを変調して女性っぽくしてるだけの可能性もある)が福音の調べを鳴らす。
それはまるで、暗闇から差し込める一筋の光が辛うじてもたらすわずかな安堵感、とでもいうべき恍惚な時間。僕はこれを聴いて、ああ、こういうフィーリングがトム・ヨークのサウンドの好きな部分のひとつなのかな、と再認識したり。
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