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2021年03月03日15:45

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【会津戦争から考える】二本松少年隊から男女平等を考える。


数日前に書いた日記を。強引にこの記事に載せる。
長い日記ではありますが、興味のある方はお読みください。
男女平等問題には興味あるけど、歴史に興味のない方は【ダ祥療男女平等と日本の男女平等】からお読みください。


2月22日は白河口の戦いを巡って諸々を考えた。
【会津戦争から考える】’魏呂鯤發い董峅馗顛佑郎でも長州人を嫌っている」を考えた。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978502952&owner_id=21933076

2月27日は二本松を歩いた。
二本松少年隊の悲劇から、強引に男女平等を考えよう。



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\茲困藁鮖砲鬚さらいする。

1868年4月からの
新政府軍VS奥羽越列藩同盟の戊辰戦争。
会津を死守する為に。白河の小峰城を巡る攻防戦。
白河口の戦いで、新政府軍の圧倒的最新兵器の前に奥羽越列藩同盟は破れる。
新政府軍は小峰城をとり、白河、棚倉を制圧し、から奥州街道を北上し、二本松を攻略する。
二本松戦争の諸々の物語はここではしないが。
「二本松少年隊」と呼ばれる12歳〜17才の少年たちが、勇敢に戦い。若い命を散らせて逝った。

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二本松少年隊

二本松城の入口に戦う「二本松少年隊」と「縫物をする母」の像がある。

フォト


少年は出撃の前夜「母上。軍服の袖に背中に全身に私の名札を縫い付けてください」と懇願する。
「なぜ?」と問う母に。
「明日、私が戦死しても。例え大砲で身体が飛び散っても、その名札を見れば私だと直ぐに分るでしょう。」
と少年は笑う。
母は泣きながら軍服に名札を縫い付ける。
結果その軍服がその名札が母に息子の死を告げる。

敬愛する隊長の木村銃太郎の首を抱えて逃げている時に襲われた少年の話しや。
一人、敵隊長を襲撃した少年の話や。
様々な話しはここでは書かないでおこう。

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戦死した少年たちの心に思いを巡らす

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死んでいった少年たちは不幸だったのだろうか?
それが正しい正しくないという議論はしない。
「武士道」が大嫌いな僕であるが、その少年たちが命を賭けた「武士道」を批難はできない。
少年たちは「武士の家に生れた男」として、やるべき事をやって死んでいった。
それが死ぬべき時であったのかどうかは、分らない。
でも、少年たちは自分の死に後悔など微塵もなかったであろう。

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ぞ年たちの母の心に思いを巡らす

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12,13歳など今でいう小学生だ。
生意気に成り始めているであろうが、まだまだ子供だ。
腕力だってきっとまだ母の方がある。
戦場にだってきっとまだ母の方が役に立つ。
しかし、母親たちは「武士の家に嫁いだ女」として、家を守り、息子を武士として送り出す。
どんな思いで息子の軍服に名札を縫い付けたのであろう。
それが「武士の母の役目である」そんな思いの一針一針であったのであろう。

ああ。記事を書きながら涙場ぼろぼろ溢れる。。。


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ダ祥療男女平等と日本の男女平等

ここで話を大きく展開する。
2020年のジェンダーギャップ指数によれば日本はG7最下位の121位。
日本の男女平等意識が低いと国内外から問題視されるが。
ホントに問題なのだろうか?

ここでいう男女平等とは西洋的男女平等で。
なぜ、西洋で男女平等の声が上がったかと言えば。
『西洋が男女平等でなかった。』からに他ならない。
フランス語をはじめとする西洋の言語には「男名詞」「女名詞」があり。
西洋には人間の人間たる根源である言葉ですら男女の差があったのだ。
もっといえば、西洋では男が女を奴隷のように扱っていたのだ。
ゆ・え・に。
昨今でいう西洋的男女平等が叫ばれるようになったのは、西洋が男女平等でなかったからなのだ。

一方。
そもそも日本には男女平等など当たり前すぎて男女平等という観念すらない。
そもそも男女平等とはなにか。
西洋の男女平等は、男と女の凸と凹とを削って□にして、同じ土俵で戦え!という男女平等だ。
日本の男と女は、男は男として男のやるべき事をやり。
女は女として女の得意な事をやる。
凸と凹とを削る事無く、凸は凸として凸を活かし。
凹は凹として凹を活かす。
それが日本の男女平等なのだ。
男が女になる必要もなく。女が男になる必要もなく。
男と女が戦う事もなく。
男は男として女は女としてお互いを支え合い敬い愛し合う。
それがホントの男女平等ではないだろうだ。

男は戦場で命をかけて戦い。
女は子を生み子を育て家を守る。
それがDNAに刻まれた男と女の本来の役目なのだ。
それはもう現存とする男と女の違いで、男と女の特徴の違いであるのだから仕方が無い。

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ζ本の男女平等の課題

とはいえ、戦争のない平和な時代になれば男の役割が無くなる。
女が外で働く時代になれば、力作業以外のほとんどは男脳は女脳に勝てない。
益々、男は居場所がなくなる。
否、男は存在価値がなくなる。
これが現実だ。

そんな時代に、
男は「俺は男だ」という理由だけで威張っているのは嘆かわしい。
女も「私は女よ」という理由だけで慎ましくしているだけでは生きていけない。
男も女もやりたい事をやれる事を活き活きとやって、
男や女の前に、自分らしく生きる時代だ。

でも。勘違いしてはいけない。
チャンスは平等にあるべきだが、結果は同じにしてはいけないのだ。
数年前に発覚した医学生の合格に男女差をつけているような事は、二度とあってはいけない。
しかし、あちこちで言われている重役の半分は女にするべきという数字合わせも、本来はあってはいけない。
平等なチャンスと公平な結果でなければ。
それは男女平等ではない。
行き過ぎたフェミニストは、女が女の幸せを邪魔している。
僕にはそんな痛々しさを感じるのだ。

少年は戦場で命を散らし。
その母は息子の名札を縫うのだ。
それもこれも、自らが自らができる事を鑑みての自らの意志なのだ。
二本松の少年や母を。
西洋のそれは「男女不平等だ!」と罵るのか?

会津では
山本八重は砲術家の娘として生まれ。砲術の才能を持ち。
会津戦争でも砲術部隊を指揮した。
中野竹子はその薙刀で戦い戦場に散った。
また、「お役に立てない。足手まといになるくらいなら」と自ら命を絶った会津女性は大勢いた。
それもこれも、自らが自らができる事を鑑みての自らの意志なのだ。
これが平等なチャンスと公平な結果なのだ。
日本には男女平等などという言葉はなくとも。
役目は違えど。元々が男も女も平等なのだ。

男女平等は当然に大切である。
しかしどうか西洋のそれに毒されず、日本をそれを揶揄しないでほしい。
日本には日本の男は女を女は男を敬う心が、元々あったのだから。


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Г修譴砲靴討皺馗点鐐茵

あ。。泣けるな〜。。。
二本松が陥落し、新政府軍は母成峠から会津になだれ込んできた。
会津では有名な白虎隊の集団自決が起こる。
また。
家臣団の女家族たちの集団自決が起こる。

今年の研究課題「会津戦争」を通して。
様々な事を考えて行きたい。



■女性の7割が職場で「男性優遇」実感 ジェンダー指数G7最下位も「妥当」が7割
(キャリコネ - 03月03日 13:50)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=6432172
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