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2020年01月25日07:25

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東方見聞録


イタリアのマルコ・ポーロはフビライ・ハンに遣えて特別な任務が言い渡されました。港から離れた地域を見て回り、その様子を報告するというものです。几帳面で記録をつけるのが好きなマルコには、ピッタリの仕事でした。はじめは、広い「元」国内の、西や南のはずれの地方を見て回りました。

さらには、元を離れて船で南へ向かい、ジャワ島、スマトラ島を経て、遠くインドまで旅をしました。もちろん、見たこと、聞いたことはくわしくノートに記録しました。結局、マルコ達は17年間フビライに仕え、帰りは船で、元の泉州の港から旅立ちました。3年がかりの船旅でした。

24年ぶりにベネツィアに帰ったマルコは、人々にせがまれては、東方の珍しい話を語って聞かせました。すると、あるとき、聞き手の中に、ルスティケロという作家がいて、こんなことを言い出しました。「あなたの話はとても面白いから、本にしましょう。はじめから順を追って話してください。私が原稿にまとめますから。」

こうして、マルコの記憶とノートの記録をもとに、1298年に完成したのが、「東方見聞録」なのです。「東方見聞録」は、たちまちヨーロッパの国々で大好評になり、のちの世に読み継がれました。この本には、元で聞いた話として、当時「ジンバグ」と呼ばれた日本人のことが、次のように書かれています。

「ジンバグは中国大陸から2千4百キロメートルほど離れた東の海にある独立国だ。至る所で黄金が見つかるため、国民誰も莫大な黄金を所有している。大陸から行ったものはなく、商人さえ訪れないから、豊富な黄金が国外に持ち出されることはない。国王の宮殿の屋根はすべて純金で吹かれている。各部屋屋の床にも純金がしきつめられ、広間も窓も、とにかく何もかもが黄金造りである。」

この部分に刺激を受け、「黄金の国ジパング」を目指して航海に出た探検家の一人が、コロンブスでした。コロンブスは、目指す日本人にはたどり着けませんでしたが、1492年に、ヨーロッパ人で初めて、アメリカ大陸に行きつきました。

また、1900年代の前半に、中央アジアを探検旅行したオーレル・スタインは、「東方見聞録」をガイドブックのようにたずさえていました。そして、たびたびその記述の確かさに助けられ、感激したといいます。このように、マルコ・ポーロが残した「東方見聞録」は、未知の世界にあこがれる、のちの世の探検家たちに大きな影響を与えたのでした。

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