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2019年09月17日05:39

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中野富士見中学いじめ自殺事件


教師まで加担して「葬式ごっこ」を行なっていたと言う社会的に注目されたいじめ事件です。岩田健のJR盛岡駅、駅デパートの地下トイレで、東京都中野区の富士見中学2年生鹿川君が首つり自殺しているのが発見されました。遺体のそばには遺書が残されており、自殺はいじめによるものと判明した事件です。

鹿川君はクラスの不良グループの使い走り的存在で、プロレスごっこで投げられ役や、ペンで顔にひげを書かれ、踊らされるなどのいじめを受けていました。2学期に入るとほかのクラスの生徒や上級生もいじめに加わり、さらにエスカレートしていきました。

1985年11月14日、鹿川君が死んだことにして色紙を書き、教室で花や線香をあげるという「葬式ごっこ」が行われました。色紙には、教師たちも追悼の言葉を書き込んでいたのです。その後もいじめが続き、鹿川君は耐えきれなくなって自殺を選んだのです。

前年の1985年5月、中学2年に進級して間もない頃、クラスの中にツッパリグループが自然にできると、鹿川君は「使い走り」をさせられるようになりました。10月上旬、「ふざけ」が急速にエスカレートしていきます。度が過ぎるときは、級友が止めに入ったが、当の本人はさして苦にもしていない様子だったと言います。

「家に帰るのが怖い」ともらし始めたのもその頃で、「いじめ」に遭っていることを告げると、厳格な父親(当時42歳)は、鹿川君を叱る一方、抗議のため、いじめた子どもの家庭に乗り込むこともありました。11月14・15日、クラスメイトや教師までも加わった「葬式ごっこ」が行われました。

黒板の前におかれた鹿川君の机の上には、飴玉や夏ミカンが並べられ、花や線香も添えられていました。鹿川君の写真の横には「追悼」色紙がおかれ、そこには級友の寄せ書きや「やすらかに」といった担任を含む4人もの教師のメッセージや署名もあったのです。

1986年1月8日、この日は始業式の日だったが、10人ほどのグループに、ひざ蹴りやパンチなどの暴行を加えられた鹿川君は、その後、欠席を繰り返すようになりました。登校した日は、校庭で歌を歌わせられたり、下駄箱の靴を便器の中に投げ込まれたりした。

1月30日、最後の登校日となりました。その夜、鹿川君は家でごはんを食べ、コタツにくるまりながらテレビを見ていた。別に変わった様子もなかったという。2月1日朝、鹿川君はいつも通り、自宅を出る。母親(当時39歳)が、鹿川君の姿を見たのはこれが最後だったのです。

1986年3月、東京都教育委員会は、担任教師を諭旨退職にするなど、6人を処分しました。4月、警視庁と中野署は、16人の生徒を傷害や暴力行為容疑で書類送検した。6月、鹿川君の両親は、東京都と中野区、リーダー格の2人の両親を相手に、総額2200万円の損害賠償請求を東京地裁に起こした。

東京家裁はリーダー格の2人に保護監察処分を言い渡した。1991年3月27日、東京地裁の判決が出た。「葬式ごっこはいじめではなく、むしろひとつのエピソードとみるべきもので、自殺と直結させて考えるべきではない。鹿川君の心理的・精神的反応を予見することは不可能だった」として、自殺については学校側や加害者側の責任を認めなかった。

だが、自殺直前に加えられた暴行による、精神的苦痛に対する慰謝料は認めて、中野区など被告側に、弁護士費用100万円を合わせ、総額400万円の支払を命じました。原告側はこの判決を不服として控訴した。

1994年5月20日、東京高裁は、「いじめはなかったとした1審判決を変更し、自殺の前年から葬式ごっこを初めとするいじめは続いており、学校側にはいじめを防止できなかった責任がある」として、被告4人に対して、総額1150万円の支払を命じた。

しかし、ここでも、自殺の「予見可能性」はなかったとの判断で、いじめによる自殺については加害生徒側や学校側の賠償責任はないとした。偏差値教育や核家族化によって孤独を強いられた子どもたちは、必死に自分の居場所を求めるのですが、性格や能力が集団と調和しない子は、集団から排除されてしまうのでしょうか。

「遺書」家の人、そして友達へ。突然姿を消して、申し訳ありません。原因について、くわしい事については聞けばわかると思う。俺だってまだ死にたくない。だけどこのままじゃ「生きジゴク」になっちゃうよ、ただ、俺が死んだからって他のヤツが犠牲になったんじゃいみないじゃないか、だから、君達もバカな事をするのはやめてくれ最後のお願いだ。
昭和61年2月1日 鹿川裕史

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年09月17日 10:01
    辛いよねexclamation私も小中9年間いじめられました。 死にたくなる気持ちは よく解るつもりです。親は最大の味方と思います。いじめは いじめたほうが100%悪いと思います。 死んだら 相手に負けたことになりますexclamation今にみろと 耐えました。そして20歳になったとき友人(証明役)と訪ねました。昔の話です。学校 教育委員会 は 信用できません。あくまでも、個人的な見解です顔(願)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年09月19日 06:22
    > mixiユーザー 同じような事をやっていましたか。私も小学校は6回も変わりましたからね。いじられて強くなりました(笑)子どもの命を守らなければならない教育委員会はどうなっていたのであろうか。イジメを被るのは子どもであり、子ども第一に考えるべきでしょう。自宅訪問などをせず、この間の対応について、命を救えた可能性があったのではないだろうか。学校は子どもの様子を毎日確認できる場です。いじめの最前線であるとの意識を持って欲しい。いじめを受け、誰にも相談できず、警察にも行けなかった。可哀そうだ。

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