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2019年08月26日05:44

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吉展ちゃん誘拐殺人事件


吉展ちゃん誘拐殺人事件は、東京オリンピック前年に発生した凶悪事件の遺体遺棄現場にて身代金を奪われる大失態でした。犯人は、小原保。罪状は、殺人、身代金目的誘拐で、1963年3月31日夕方、東京台東区入谷で、4歳の男児、吉展ちゃんが自宅前の公園から誘拐される事件が発生しました。

犯人は吉展ちゃんの実家に身代金50万円を要求する電話が入りました。警察は指示通り、吉展ちゃんの母親にお金を持たせて受け渡し現場に向かわせましたが、この時、警察側に度重なるミスがあり、犯人にお金を奪われてしまい、吉展ちゃんが戻ってこなかったため警察は公開捜査に踏み切り、犯人の電話の声をテレビやラジオで流しました。

雑居ビルや住宅が建ち並ぶ町の一角に吉展ちゃんが連れ去られた入谷南公園があります。事件が起きたのは東京オリンピック行われた前年の昭和38年です。上野御徒町の時計店に勤めていた犯人の小原保は借金を重ね生活に行き詰まっていました。

親族に金を借りようと、故郷の福島県石川町に足を運んだりしましたが、これまでも借金をしていたこともあり、結局はお金を借りることはできませんでした。何とか現金を得ようと考えていましたが、たまたま見た黒澤明監督の「天国と地獄」から誘拐を思いついたと言います。子供を物色し歩いている時に見かけたのが、当時4歳の吉展ちゃんです。

入谷南公園のトイレで壊れた水鉄砲をなおそうとしていた吉展ちゃんになおしてあげようと声をかけ、南千住方面へと歩き出しました。今では草野球場となっている東京スタジアムのあたりで、もう帰ろうよと吉展ちゃんに言われ、南千住にある円通寺の墓地に吉展ちゃんを連れていき殺害したのです。遺体は墓の屍櫃に隠しました。

小原は吉展ちゃん殺害後、まだ吉展ちゃんは生きていると偽って、家族から身代金を奪ったのですが、事件から2年後に逮捕されました。事件を担当したのは名刑事としれ知られる平塚八兵衛でした。逮捕直後は否認していたのですが、最後は罪を認め、供述により墓地から吉展ちゃんの白骨化した遺体が発見されたのでした。

円通寺の境内には、戊辰戦争における上野の戦いの舞台となった寛永寺の黒門が移築されています。今も黒門には弾痕が生々しく残っています。戊辰戦争は上野の戦いの後、長州・薩摩藩を中心とする新政府軍と小原の出身地福島県の会津藩を中心とした東北諸藩との戦いになり、会津藩は新政府の軍門に下ることになります。

さらに、平安時代の奥州合戦で源義家が、奥州で討ち取った蝦夷の首塚もこの寺にあります。そもそも円通寺の開祖は蝦夷を討伐した坂上田村麻呂であり、東北との因縁が深いのです。福島出身の小原保がこの寺で子供を殺めたことが偶然ではないように思えます。

逮捕後、小原は容疑を否認し、アリバイもあったため、警察は逮捕せず釈放したのですが、捜査をやり直した結果、小原のアリバイが崩れたため、窃盗で服役していた小原を取り調べ、拘留期限ギリギリで自供させたのです。小原は死刑となり、1971年12月23日に死刑が執行されました。

年会費の納入のお願い
いつもお世話になっております。
同志の皆様におかれましては今年度の会費の納入を賜りたく、149号に振込用紙を同封させて頂いた次第でございます。
石原莞爾と東亜連盟の志を後世に継承させるためにも、これからの若者を支援し且つ育成したいと心から願っております。会費の納入を何卒よろしくお願い申し上げます。
石原莞爾平和思想研究会 会長 仲條拓躬

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