児童の絵日記「面倒」と廃棄
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バスケットゴールが反射するほどにワックスがかかった夏休み明けの体育館。
その隅にある体育教官室からは煙草の匂いが漏れて、残った暑さと混じり合い全開の大きな窓から外に流れた。
「岩下せんせー夏休み中逆上がりできんかった!」
「なんやー、できんとやー。お前もう5年だろ?」
「うん、教えて!」
「教えるとかじゃないんだよ…しっかり練習しろ」
「えーー」
岩下は面倒くさそうに答えると、ボロボロに錆びたスタンド式の灰皿で煙草を捻り消した。
岩下は何故かみんなから怖がられる先生で、口が滑って「だって岩下先生が"言わした"もん!」なんて言うと周りに岩下が居ないか確認するくらい慎重になってた。
グレーの回る椅子に腰で座り足を組み、煙草を吸い、鋭い目付きと眉間のシワ。
雰囲気と見た目がそうさせていた。
ただ俺は知っていたんだ。
飼育小屋の烏骨鶏に優しく微笑みながら餌をやってたり、近所のスーパーで重そうな買い物カゴのバアちゃんに順番ゆずったりしてたのを。
子供の先入観はなかなか抜けないものだけど、俺はすぐに「この先生良い先生」と切り替わり体育教官室を度々訪れるようになった。
「岩下せんせー」
「なんや、お前またきたんや?」
「なんで逆上がりできんとかな?」
「知るかっ!」
「教えてよ!」
「俺も忙しいから、また今度な!」
「えーーー」
と、岩下は面倒くさそうにあしらっていたのだけれどあまりにもソレだけの為に来る俺に痺れをきらしたのか、ある日岩下から話しかけてきた。
廊下で友達とほうき野球をしている時だった。
「おい!」
突然岩下の声がしたから、廊下中の同級生は固まり静まりかえった。
ほうき野球やってるの見られた。
アイツら終わった。
御愁傷様です。
ドンマイ。
そんな目で周りが見てきた。
「おい、しょーた!」
うわ、何故かアイツだけ名指し!
ほうき持ってるしょーただけ怒られる謎パターン。
ドンマイ。
御愁傷様です。
そんな目で俺だけを周りが見てきた。
「あとで俺んとここい!」
殺される…
しょーたは殺されるんじゃないか?
ニュースになるんじゃね?
全国ニュースだよね?
めざましテレビの占いあってすぐ次で流れるニュースで一番に言う奴よね?
そんな不安と悲しみの目が俺に向けられた。
に対して俺は逆上がり教えてくれるんだと解っていたから笑いながら「はーい」と軽く答えた。
地獄にスキップで行く奴。
魔界への遠足楽しみな奴。
そんな風に周りは思っただろうね。
この前まで青かった雑草に少し黄色が混ざった、秋の少し前。
グランド隅の鉄棒はやけに赤い夕陽と正体の解らない虫の音に包まれた。背中を押す岩下は笑顔だった。
結局、逆上がりはずっとできなかった。
何故か20才すぎて、何となくやってみたら出来たって感じだった。
今でもこの時期になるとたまに思い出す。
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