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日記一覧

83年8月19日、越谷市体育館(観衆2300人満員発表、テレビ収録)でスーパー・パワー・シリーズが開幕。このシリーズ開幕戦から8月23日、島田駅北口広場特設リング大会まで馬場がNWA総会に出席の為試合には出場していません。この日記を以前からお読み頂いて

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テリー・ファンク最後のシリーズとなった83年スーパー・パワー・シリーズは8月19日、越谷市体育館で開幕。スタン・ハンセン、キラー・トーア・カマタ、ブラッド・レイガンス、マニー・ヘルナンデス、リック・ハリス、バズ・タイラーがシリーズ全戦に参加。イ

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83年グランド・チャンピオン・カーニバルPART靴8月4日に閉幕し、次期スーパー・パワー・シリーズが開幕する8月19日までの間、ライバル団体である新日本プロレスでは大きな事件が発生しました。人気絶頂を誇っていたタイガーマスクが引退を表明、新日

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83年グランド・チャンピオン・カーニバルPART刑能戦、この年のグラチャンのフィナーレは8月4日、後楽園ホール大会(観衆3400人発表、超満員、テレビ収録)テリー・ファンクの聖地後楽園登場も残すところ後2回。メインイベントではテリーと鶴田が日米師

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83年8月1日、後楽園ホール(観衆3200人満員発表)大会。この日はノーテレビでしたが、7月26日、福岡スポーツセンターでタイガー・ジェット・シン、上田馬之助組にリングアウト負けしインターナショナル・タッグ王座を奪われた馬場、鶴田組がリターンマッチを

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83年7月26日、福岡スポーツセンター(観衆5800人発表、テレビ収録)では馬場、鶴田組の持つインターナショナル・タッグ選手権にタイガー・ジェット・シン、上田馬之助組が挑戦。これまで両チームが同王座を賭けて対戦したのは2回。シンと上田が全日本マットで

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83年7月19日、大阪府立体育会館(観衆9000人超満員発表、テレビ収録)はテリー最後の大阪(引退試合の行われる次期スーパー・パワー・シリーズは大阪の開催なし)とあって全日本としては集客の厳しかった府立で旗揚げ以来過去最高の観客動員を発表しています。全

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83年7月13日、千歳市スポーツセンター(観衆3800人満員発表、テレビ収録)では鶴田がニック・ボックウィンクルのAWA世界ヘビー級王座に挑戦。鶴田のAWA世界王座への挑戦はこれで4度目。79年2月14日、ハワイ・ホノルル・ニール・ブレイズデルセンターの

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83年7月12日、札幌中島体育センターのダブルメインイベント第1試合はテリー・ファンクvsニック・ボックウィンクルのノンタイトル特別試合(60分1本勝負)元NWA世界ヘビー級王者と現AWA世界ヘビー級王者の対戦となります。テリーは75年12月10日、フロリ

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今回は話が脱線します。タイトル戦におけるノーコンテストを防衛記録に含めるかどうかは意見が別れるところかと思いますが、この時期他団体はどうだったでしょうか?新日本プロレスの猪木のNWFヘビー級選手権試合は第16代王者時代(75年6月26日蔵前国技館

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83年7月12日は札幌中島体育センター大会(観衆7800人超満員発表、テレビ収録)。テリー最後の北海道ツアーとあって多くのファンが詰めかけました。メインイベントは馬場にタイガー・ジェット・シンが挑戦したPWFヘビー級選手権試合。これまで馬場とシンはP

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83年7月8日、熊谷市民体育館(観衆3700人発表、テレビ収録)のメインイベントは鶴田がテリー・ファンクとタッグを組み、ニック・ボックウィンクル、ジェリー・オーツ組と対戦。鶴田は7月13日、千歳市スポーツセンターでニックの持つAWA世界ヘビー級王座に

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83年グランド・チャンピオン・カーニバルの最終章であるPART靴錬祁遑呼、熊谷市民体育館で開幕。テリー・ファンク、タイガー・ジェット・シン、アレックス・スミルノフ、ジプシー・ジョー、ジェリー・オーツ、ジェリー・モローの外国人勢がシリーズ全戦

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テキサス州コーパスクリスティーの大会の翌日、83年6月16日はテキサス州オースチン・シティコロシアム大会に鶴田のみが出場。前日UNヘビー級王座を賭けて対戦したホセ・ロザリオと連日のシングル対決(ノンタイトル)でフォール勝ち。テキサスのファンにその

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サバンナでの試合を終えた全日本プロレス勢は鉄の爪フリッツ・フォン・エリックの興行地盤であるテキサスに移動。83年6月15日にはテキサス州コーパスクリスティー・メモリアル・コロシアムの大会に出場。鶴田はここで、超ベテランの老雄と言っていい、ホセ・

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83年グランド・チャンピオン・カーニバルPART兇終了すると馬場、鶴田以下全日本勢はアメリカ遠征を行っています。全日本プロレス的にはこのアメリカツアーを「グランド・チャンピオン・カーニバル海外シリーズ」と銘打って、日本テレビの全日本プロレス

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国立国会図書館の蔵書はそれこそ膨大な数があり、ピンポイントで狙っていかないとなかなかヒットしません。そこで、最初からベースボール・マガジン社発行のプロレス&ボクシング(以下プロボク)の67年10月号に的を絞って検索しました。すると、この年代のプロ

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国際プロレス初開催となる蔵前国技館大会が何故、歴史の中に埋没してしまったのか?同じノーテレビ、同じ蔵前国技館でも猪木の東京プロレス旗揚げ戦(66年10月12日)はマスコミを通して後生まで語り継がれる伝説の大会となりましたが…。猪木とマツダの選手とし

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国際プロレスは66年10月、元日本プロレス取締役営業部長であった吉原功と在米フリーのヒロ・マツダにより設立された団体でした。旗揚げシリーズは、先に旗揚げシリーズ、第2次シリーズを行い、日本プロレスの妨害に遭って散々な興行成績に終わり単独での興行

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83年6月8日、蔵前国技館で鶴田にスコアと内容で完敗したものの、ルールに救われてNWA世界ヘビー級王座を死守したリック・フレアーは帰国して直ぐの6月10日、ミズーリ州セントルイスのキール・オーデトリアムで元王者ハーリー・レイスの挑戦を受けていま

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83年6月6日、大津市皇子が丘体育館(観衆2700人発表)のメインイベントはリック・フレアーvsブルーザー・ブロディのノンタイトルのシングルマッチ60分1本勝負。2月10日にはミズーリ州セントルイスのチェッカードームにてNWA世界ヘビー級王座を賭けて対戦

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83年6月3日、旭川市総合体育館常盤分館(観衆3800人発表、テレビ収録)では馬場、鶴田組のインターナショナル・タッグ王座にロディ・パイパー、ディック・スレーター組が挑戦。パイパーは馬場と対峙するとかなり小柄に見えました。前半戦はパイパー、スレータ

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83年5月20日、泉佐野市総合体育館(観衆2800人発表)では先シリーズに行われたルー・テーズ杯争奪リーグ戦で優勝を争った越中詩郎と三沢光晴がタッグを結成して阿修羅・原、マイティ井上組の持つアジア・タッグ王座に挑戦しています。馬場がマッチメーカーを1

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83年5月19日、赤穂市総合体育館(観衆2200人発表テレビ収録)で、鶴田はニコリ・ボルコフの挑戦を受けてUNヘビー級王座防衛戦を行っています。ボルコフがUN王座に挑戦するのはこれが初めてではなく、72年7月30日、日本プロレスにジートとベポのザ・モンゴ

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83年5月12日、後楽園ホールでのグランド・チャンピオン・カーニバルPART恭幕戦(テレビ収録)は観衆2400人発表。このあたりが「ブルーザー・ブロディ単独エースシリーズ」の厳しいところです。スタン・ハンセンとの超獣コンビは乱発することなく、売り方

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