mixiユーザー(id:21258650)

2020年06月05日23:17

278 view

ジャンボ鶴田怪物伝説(629)

85年8月28日、東京・赤坂プリンスホテルにおいて日本テレビの「全日本プロレス中継」が10月19日放送分から従来の毎週土曜日午後5時30分からの60分枠から、毎週土曜日午後7時からの60分枠のゴールデンタイムへの復帰が発表されました。

「全日本プロレス中継」は実に6年半ぶりのゴールデンタイム復帰となり、テレビ局の番組編成の中で、ゴールデンタイムを一度撤退した番組が復帰するというのはあまりなく、快挙と言っていいでしょう。

記者会見には全日本プロレスから馬場、鶴田、天龍、タイガーマスク、ジャパンプロレスから長州力、谷津嘉章、小林邦昭が出席しています。

日本テレビの岩渕泰男常務取締役編成局長は会見の席上「視聴率は20%以上が目標、最低でも15%以上」と馬場に激を飛ばしています。20%以上目標というのは後発のテレビ朝日「ワールドプロレスリング」が初代タイガーマスクブームにより常時22〜23%を稼ぎ出していた82〜83年前半の数字が根拠になっていると思われます。この時期での最大視聴率は83年2月11日放送の猪木vs国際軍団の2度目の1対3変則タッグマッチの25.9%でした。

「全日本プロレス中継」は72年10月7日に第1回目の放送がスタート、7、14日は馬場が外国人招聘ルートを確保すべく旗揚げ前に渡米した時のハワイでのザ・シーク戦、カンザスでのザ・プロフェッショナル(マスクマン、ハーリー・レイスが正体と言われ、当時はまだ日本プロレスが存在し芳の里社長と遠藤幸吉取締役がNWAのメンバーだった為配慮され、両腕の刺青でレイスとわかってしまうので赤の全身コスチュームで変身した、とされる)戦が放送されました。

第3週の10月21日、町田市体育館における旗揚げ前夜祭(メインイベントは馬場&サンダー杉山組vsブルーノ・サンマルチノ&テリー・ファンク組)を生中継し事実上のスタートを切りました。

しかし、土曜日午後8時はTBSの怪物番組と言われた「8時だヨ!全員集合」が同時間帯の視聴率のトップに君臨、NETは「人造人間キカイダー」、「デビルマン」を放送、7時30分からの「仮面ライダー」の流れから男の子のファンを他局に逃さない連携を敷いており、「全日本プロレス中継」は10%台前半にとどまりました。

また、4月〜9月のプロ野球シーズンは巨人戦中継が優先され、放送時間帯が深夜(関東地区は午後11時45分から)に移行されることもしばしばありました。

75年に入ると「視聴率男」と言われた萩本欽一による「欽ちゃんのドンとやってみよう!」がフジテレビ系列でスタート。「欽ドン!」は午後7時30分からの90分放送で早く放送を始めることで「全員集合」の視聴者を取り込むことを狙いとし、ドリフターズに対抗しました。

そんな中、79年3月31日、三条市厚生年金福祉体育館からの生中継(第7回チャンピオン・カーニバル公式戦、馬場vsディック・スレーター、鶴田vsキラー・トーア・カマタ、アブドーラ・ザ・ブッチャーvsドスカラスを放送)を最後にゴールデンタイムから撤退を余儀なくされ、翌週4月7日から毎週土曜日午後5時30分からに放送時間帯が変更されました。同時に「全国31局」が謳い文句だったネット局数も減少。全日本プロレスが見られなくなった地域も出て来ています。

82年1月1日付で全日本プロレスの社長となった日本テレビより出向の松根光雄氏は、視聴率を稼げない馬場に事実上の引退勧告をしていましたが、オーナーである馬場は抵抗を見せました。

83年2月に「東洋の神秘」ザ・グレート・カブキが凱旋帰国。カブキブームを巻き起こし、全日本プロレスも業績がよくなって来ました。そこで松根社長は日本テレビと連携し、従来の「全日本プロレス中継」とは別建てで土曜日午後7時30分からの「土曜トップスペシャル」で全日本プロレスの試合を放送。

第1回の放送は2月26日で前日の愛知県体育館から鶴田vsトミー・リッチのUNヘビー級選手権試合、カブキvsタイガー・ジェット・シン、大仁田厚vsドスカラスのNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権試合の3大決戦に加え、2月11日、ミズーリ州セントルイス・チェッカードームからのレイスvs馬場のPWFヘビー級選手権試合、リック・フレアーvsブルーザー・ブロディのNWA世界ヘビー級選手権試合の二元中継を放送。もちろん全国ネットで、「全日本プロレス中継」のレギュラー放送がなくなった地区にも放送されました。

第2回は9月3日、8月31日、蔵前国技館からテリー・ファンク引退試合(&ドリー・ファンク・ジュニア組vsスタン・ハンセン&テリー・ゴディ組)、ブロディvs鶴田のインターナショナル・ヘビー級選手権試合、チャボ・ゲレロvs渕正伸のNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権試合を中心に放送。

第3回は番組としては初めての生中継、12月10日、愛知県体育館から馬場&ドリー組vsハンセン&ブロディ組の世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦、鶴田vsフレアー、カブキvsバリー・ウィンダムを放送。

84、85年も定期的に放送され、着々と実績をあげてきました。85年3月9日、両国国技館からの生中継ではザ・ロード・ウォリアーズという「テレビ向け」のビジュアルを持つスター選手が出現、長州らジャパン軍団の参戦で陣容も強化され、ゴールデン「昇格」が決まったものです。

馬場は会見の席上、旗揚げ記念日にあたる10月21日に両国国技館を開催し、メインイベントは世界マット史上初となるNWA世界ヘビー級王者リック・フレアーvsAWA世界ヘビー級王者リック・マーテルのダブル・タイトルマッチを開催することを発表しています。

4 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年06月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    

最近の日記