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2020年02月27日23:32

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週プロ流智美あの日あの時予想2019年総括(49)

第115戦 12月18日発売号●【予想】猪木、WWWFより格闘技世界ヘビー級王座のベルトを寄贈され、テキサス・レッドと初防衛戦。(78年ニューヨークMSG)【正解】新日本プロレス初のブラジル遠征ツアー。(74年12月15日ブラジル・サンパウロ・コリンチャン・スタジアム&19日ロンドリーナ・モリンゴン・スタジアム)【参考】2013年12月18日発売号は馬場、ホースト・ホフマン破りオープン選手権優勝。(75年全日本プロレス川崎市体育館)

【解説】78年の猪木はモハメド・アリ戦で背負った負債完済の為、異種格闘技戦を積極的に行い、世界を駆け回りました。4月4日、ペンシルバニア州フィラデルフィア・スポーツアリーナで全米プロ空手WKA世界ヘビー級王者ランバージャック・ジョニー・リーを3ラウンド1分19秒、バックドロップに沈めてKO勝ち。

国内でもこの年よりWWWFとの提携強化により開催された「第1回MSGシリーズ」5月30日、大阪府立体育会館での優勝決定戦でアンドレ・ザ・ジャイアントを16分41秒、リングアウトで破り初優勝。2日後の6月1日、日本武道館ではボブ・バックランドの持つWWWFヘビー級王座と自ら保持するNWFヘビー級王座を賭けたダブル・タイトルマッチを行い、1本目は40分8秒、場外でのバックドロップで猪木がリングアウト勝ち、2本目は61分時間切れとなり猪木が1‐0で勝ちましたがルールによりタイトル移動はなし。

MSGシリーズが終わって1週間経たない6月7日には福岡スポーツセンターでザ・モンスターマンと前77年8月2日、日本武道館以来の再戦を行い7ラウンド1分58秒、グラウンド・コブラツイストでギブアップ勝ち。

さらに11月は7日〜29日までローラン・ボックの招きにより西ドイツ、オランダ、ベルギー、スイスを網羅した「欧州世界選手権シリーズ」に参戦、11月26日、西ドイツ・シュツットガルト・ギルスベルク・ホールでボックとの決勝戦で4分10ラウンドに判定負け。20戦12勝1敗7分の成績を残しています。 

帰国後直ぐに開催中の「プレ日本選手権」に決勝トーナメントから出場、星野勘太郎、ストロング小林、マサ齋藤を破って決勝へ進出し、12月16日、蔵前国技館でヒロ・マツダを23分6秒、卍固めで破り優勝。

シリーズ終了後はすぐさま渡米し12月18日、ニューヨークMSGのリングに3年ぶりに出場。当初はテキサス・レッド(レッド・バスチェン)とNWFヘビー級王座の防衛戦を行う予定でしたが、WWWFの代表であるビンス・マクマホン・シニアからこれまでの一連の異種格闘技戦の功績を讃えられ、「ワールド・マーシャルアーツ・ヘビーウェイト・チャンピオン」(格闘技世界ヘビー級王者)に認定されると共にベルトが寄贈されました。

レッドとの一戦は同王座の初防衛戦に急遽変更されました。(レッドは純粋なプロレスラーであり格闘技戦との関連は全くない)試合はベテランであり試合巧者であるレッドが善戦健闘しましたが、16分27秒、猪木がダブルアーム・スープレックスからの体固めでレッドをフォールし、初防衛に成功しています。

猪木vsレッド戦の他、同日行われた藤波vsカルロス・ホセ・エストラーダのWWWFジュニア・ヘビー級選手権試合、バックランドvsピーター・メイビアのWWWFヘビー級選手権試合は翌79年元日の午後7時30分から90分枠で「新春プロレススペシャル」としてテレビ朝日で放送されました。元日からゴールデンタイムで猪木、藤波の出るMSG大会を見られるという、とても贅沢な時代でした。

猪木は幼少時代に強く影響を受けた母方の祖父・相良寿郎の「ブラジルで一旗揚げるぞ」の一声で横浜市鶴見区の寺尾中学校在学中の57年2月、一家をあげてブラジルへ移住。60年4月にブラジルに来た力道山にスカウトされて日本プロレス入門の為に帰国するまでの3年2か月、14歳〜17歳という思春期の多感な時期をブラジルで過ごしています。詳しくは本連載(14)4月10日発売号分に書いておりますのでそちらをご一読頂けると幸甚ですが、

新日本プロレス旗揚げ3年目の12月に「第二の故郷」ブラジル遠征シリーズを行っています。12月12日に閉幕した「闘魂シリーズ第2弾」に参戦していたアンドレ・ザ・ジャイアント、トニー・チャールス、グレート・マレンコ、ロベルト・ソト、ポークチョップ・チョイス、ジョージ・マクレリーらの外国人選手がそのまま参加。

日本側は猪木、坂口、星野、山本小鉄以下中堅、若手選手が参戦したほか、猪木の師匠であるカール・ゴッチも合流して参戦、NET「ワールドプロレスリング」の中継クルーである舟橋慶一アナウンサー、栗山満男プロデューサーも同行しています。

第1戦は12月15日、サンパウロ・コリンチャン・スタジアムで行われ、猪木がアンドレと19分31秒、両者リングアウトでNWF世界ヘビー級王座を9度目の防衛。この一戦をリングサイドでブラジルに移住していたルバング島から帰還を果たした小野田寛郎氏が観戦。

意気投合した2人は翌日対談を行っています。猪木は日伯親善に貢献した「移民の英雄」としてブラジル政府からグラン・デ・オフィシャル勲章を受賞するという栄誉に輝きました。

12月19日には北伯のロンドリーナ・モリンゴン・スタジアムで猪木&坂口組がアンドレ&チャールス組と北米タッグ王座の防衛戦を行いました。1本目は15分17秒、アンドレが坂口を体固め、2本目は6分58秒、坂口がチャールスを体固め、決勝3本目は6分41秒、猪木がチャールスを体固め。2‐1で破り猪木&坂口組が3度目の防衛に成功しました。

74年の猪木はストロング小林、大木金太郎との死闘、この年第1回大会が開催されたワールド・リーグ戦優勝と同リーグ戦での坂口との同門対決、タイガー・ジェット・シン腕折り事件、ゴッチとの実力世界一決定戦2番勝負など話題を提供し続け、締めくくりがこのブラジル遠征でした。また私生活では8月に倍賞美津子さんとの間に長女・寛子ちゃんが誕生。公私共に全盛期にあったと言えます。

※対戦成績は115戦23勝92敗。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年02月29日 04:59
    で、この74年末のブラジル遠征で、イワン・ゴメスが挑戦して来るんだけど、猪木さんが丸め込んで(笑)、入門させちゃうんですよね……さすが猪木さんコミュニケーション能力も全盛期w(^_^)ゞ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年02月29日 07:31
    > mixiユーザー ゴメスと新人だった佐山が意気投合したのも総合格闘技が世に出る一つのきっかけになりましたね。

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