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2020年02月10日23:21

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週プロ流智美あの日あの時予想2019年総括(32)

第98戦 8月17日(土)発売号●【予想】大阪夏の陣、興行戦争。(67年8月14日日本プロレス大阪球場、国際プロレス大阪府立体育会館)【正解】ザ・デストロイヤーvsブラック・デビル(75年8月16日全日本プロレス世田谷区立総合体育館)【参考】2013年8月16日(金)発売号は新日本プロレスパキスタン遠征。(84年8月6日ペシャワール・スタジアム〜15日イスラマバード・ラウンビンディ・アルミン・スポーツ・コントロール・コメンティ・スタジアム)

【解説】お盆期間中は週プロの発売日が前後することがあり、それを含めての予想になる訳ですが…。67年8月、日本プロレスに現役NWA世界ヘビー級王者、ジン・キニスキーが来日。現役NWA世界ヘビー級王者の来日は57年10月のルー・テーズ以来10年ぶり。

しかし、この時NWA世界ヘビー級のベルトは賭けられず。理由としてはキニスキー招聘が決まった時点で日本プロレスがNWA加盟前だったからですが、日本プロレスの芳の里社長は「日本に来れば、ウチのチャンピオンである馬場に挑戦するのが礼儀」と強気のコメントをしています。

キニスキーは8月10日田園コロシアムと14日大阪球場の2回、馬場のインターナショナル王座に挑戦。初戦の田コロは1ー1から両者リングアウトの引き分け。2度目の対戦となった14日は日本プロレスが初の難波の大阪球場に進出、20,000人発表の大観衆を動員し1ー1から時間切れ引き分け。5分間の延長戦も時間切れとなりました。馬場は同年3月7日、蔵前国技館でのvsブルーノ・サンマルチノとのインターナショナル選手権試合と並んで「自身の生涯での名勝負」と述懐しています。年齢も29歳で、肉体的な全盛期はこのあたりだったと思います。

同日、同時刻にはこの年に旗揚げした国際プロレスが同じ難波にある大阪府立体育会館で「パイオニア・サマー・シリーズ」を開催。ヒロ・マツダ&サム・スティムボート組がビル・ドロモ&ロジャー・カービー組を2ー1で破り、豊登はデニス・ホールに2ー0のストレート勝ちをしています。

こちらは4,500人発表と不入りに終わりました。先に国際プロレスが日程を発表し、後から日本プロレスが興行をぶつけて来ました。日本プロレスと国際プロレスの興行戦争は仕掛けていたのはいつも日本プロレス側でした。

19年3月7日に88歳で死去した「白覆面の魔王」ザ・デストロイヤーですが、日本における功績はあまりに大きいですが、73年3月に全日本プロレスの助っ人として日本側から参戦していた時はやはり「覆面世界一決定戦十番勝負」が印象深いです。

ミル・マスカラス、ザ・トルネード(ディック・マードック)、ジ・アベンジャー(ムース・モロウスキー)、ザ・バラクーダ(マリオ・ミラノ)、カリプス・ハリケーン(サイクロン・ニグロ)、ミスター・レスリング(ティム・ウッズ)と6戦闘い、7戦目にPWF本部が送り込んで来たのが謎の黒覆面ブラック・デビル。

190cm、140kgという全日本プロレスからの公式リリースでしたが、実際に75年5月の「ブラック・パワー・シリーズ」に来日したのは小柄な褐色の肌の男。全日本プロレスからの宣材写真とはかけ離れていました。

デストロイヤーvsBデビルの覆面十番勝負第7戦は5月27日、広島県立体育館で行われ、デストロイヤーが2ー1で勝ち、勝ったデストロイヤーは試合後にBデビルのマスクを剥がしました。正体はマヌエル・ソト。73年4月、新日本プロレスにサイクロン・ソトのリングネームで参戦していますが、これまでの選手と比べると小物。

馬場はBデビルを偽物であるとしてPWF本部に十番勝負第7戦を無効にし、本物のBデビルを呼ぶように要請しました。マスクマンに本物も偽物もあるかと言う話ですが…

無効となった第7戦は「サマー・アクション・シリーズ」に来日したザ・スピリットと行いましたが、スピリットは十番勝負最大の難敵でした。7月9日、大阪府立体育会館では1ー1からの3本目、スピリットが凶器入り頭突きからデストロイヤーをフォール。その際レフェリーの死角を突いてサードロープに足を掛けた状態でカウント3が入りましたが、これは反則。

レフェリーのジョー樋口は判定を覆しスピリットのフォールを無効にしました。試合再開を命じられましたが怒ったスピリットが試合放棄。デストロイヤーはスコアの上では勝ちましたが内容的には完敗でした。

7月25日、日大講堂で再戦が行われ、1ー1からの3本目、デストロイヤーのセコンドにいた鶴田がレフェリーの見てない所でリング下からスピリットの足を引っ張り、すかさずデストロイヤーが背後からスクールボーイ(エビ固め)で丸め込む際どい勝利。スピリットには完勝とはいきませんでしたがそれもそのはず、正体は実力者キラー・カール・コックスでした。

第7戦を3試合闘ったデストロイヤーに対し、次の「第二次サマー・アクション・シリーズ」に「本物」のBデビルが来日。開幕戦の8月16日、世田谷区総合体育館でデストロイヤーとBデビルが前哨戦で対戦。Bデビルは身長は2辰呂△覽霓優泪好マンです。

試合はセミ前に組まれ(30分1本勝負)、Bデビルはデストロイヤーを場外に落とし、場外でネックハンギング。デストロイヤーを吊り上げた状態でコーナーの鉄柱に後頭部を何回も叩きつけました。あっという間に場外カウントが数えられ、僅か40秒で両者リングアウトとなっています。

本番の第8戦は3日後の8月19日、札幌中島スポーツセンターで行われ、Bデビルはキャリアの浅さを露呈。2ー1でデストロイヤーが勝っています。

正体は不明のまま帰国したBデビルでしたが、翌76年8月27日、後楽園ホールで開幕した新日本プロレスの「闘魂シリーズ」に素顔でブラックジャック・モースのリングネームで来日、翌77年4月の「ゴールデン・ファイト・シリーズ」にも再来日しています。

流さんが採り上げたのは本番の第8戦ではなく、40秒で終わった前哨戦の方でした。

※対戦成績は98戦20勝78敗。
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