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2020年02月06日23:10

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週プロ流智美あの日あの時予想2019年総括(28)

第94戦 7月17日発売号●【予想】「とんだ一杯食わせ者」殺人兵器グレート・マーシャルボーグ、キラー・トーア・カマタと組んで馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦。(81年全日本プロレス下妻市立総合体育館)【正解】UWA世界ヘビー級選手権試合、猪木vsタイガー・ジェット・シン。(80年新日本プロレス蔵前国技館)【参考】2013年7月17日発売号は藤波、右手薬指骨折しながらもキース・ハートを破りWWFジュニア・ヘビー級王座を防衛。(80年新日本プロレス蔵前国技館)

【解説】81年全日本プロレス「サマー・アクション・シリーズ」はタイガー・ジェット・シンの全日本プロレス登場の話題の陰に隠れた感はありますが、シンは実際には7月4日後楽園、5日秋田県湯沢町、6日秋田県田沢湖町の3大会しか試合をしておらず、顔見せ的参戦でした。

このシリーズ、キラー・トーア・カマタがパートナーとして連れてきたのが前歴不明の謎の空手を使うレスラー、殺人兵器グレート・マーシャルボーグ。マーシャルアーツの選手でしたが「対戦相手を試合中の事故で死亡させた」という触れ込みで登場。

開幕戦の7月3日、熊谷市民体育館ではカマタ&マーシャルボーグ組はアジア・タッグ王者チームの石川隆士&佐藤昭雄組と対戦、動きはスローモーでしたが9分7秒、マーシャルボーグが石川を体固め。7月6日、秋田・田沢湖町生保内町民体育館ではグレート小鹿&大熊元司組の極道コンビと対戦、8分35秒、カマタが大熊を体固めに決めて、いよいよ7月17日、下妻市立総合体育館で馬場&鶴田組の持つインターナショナル・タッグ王座に挑戦。

1本目は9分42秒に日本組の反則勝ち、2本目は2分21秒、鶴田がマーシャルボーグをジャンピング・ニーパットから体固めでフォール勝ち。馬場&鶴田組が2ー0のストレート勝ちを収め、8度目の防衛に成功しました。

当時、マーシャルボーグの風貌と全日本プロレスからリリースされたプロフィールから79年2月6日、新日本プロレスの大阪府立体育会館で猪木と異種格闘技戦で対戦したミスターXと同一人物説が浮上。ゴング誌の竹内宏介氏も誌面で「同一人物では?」と採り上げた事からこの説は定着していました。

Xの素性が明らかにされていないので断言は出来ませんが、私個人の所見としては別人。Xは黒人、マーシャルボーグはポリネシアンで肌の色が違うと思います。新日本プロレスや国際プロレスに比べ外国人選手に「ハズレ」の少ない全日本プロレスですが、マーシャルボーグは完全にハズレで2度と呼ばれることはなかったです。

79年11月30日、徳島市立体育館、同12月6日、蔵前国技館でのボブ・バックランドvs猪木のWWFヘビー級選手権試合2連戦。徳島では28分16秒、猪木がバックドロップからの体固めで勝ち王座を獲得。蔵前での再戦ではバックランドがアトミックドロップの要領で猪木を担ぎ上げてトップロープに股間を打ち付ける、という荒技で3カウントを奪ったものの、立会人の新間寿WWF会長はバックランドの攻撃は反則であったと抗議。

27分19秒、無効試合となり猪木はタイトルを返上していますが2連戦いずれも場外に姿を現し試合を撹乱したのはタイガー・ジェット・シンでした。シンは二階堂進日本プロレスリング・コミッショナー裁定によりバックランドvs猪木戦に介入して試合をぶち壊したとして半年間の「日本における試合出場停止処分」を受けていますが、これは表向きの理由で、新日本プロレスのブッキングによりメキシコに遠征していました。

80年2月16日、メキシコシティ・エル・トレオ・デ・クアトロ・カミノスでシンはカネックを破ってUWA世界ヘビー級王座を獲得。4月13日トレオで日本から遠征してきた猪木の挑戦を受けて防衛戦を行いましたが1ー1から反則負けでルールによりタイトル移動。猪木が日本人初のUWA世界ヘビー級王者となっています。

シンは6月19日、高崎市体育館で開幕の「サマー・ファイト・シリーズ」で半年ぶりに新日本プロレスのリングに参戦。前79年4月から、新日本プロレスのブッキングで国際プロレスに参戦していた上田馬之助と1年2か月ぶりに凶悪コンビを再結成しました。

7月17日、蔵前国技館で猪木はシンとUWA世界ヘビー級王座の初防衛戦を行いました。入場時、リング内でお香を炊くパフォーマンスを見せたシンはいきなり灰を猪木の顔面に投げつける奇襲攻撃。これが猪木の怒りに火を着けたか12分2秒、ミサイルキックからの体固めで猪木が勝利。初防衛に成功しています。

2013年の回はこの日のセミファイナルだった藤波vsキース・ハートのWWFジュニア・ヘビー級選手権試合を採り上げており、前回と同じ興行の中からメインの猪木vsシンを持ってくることも予想出来なかった訳ではないですが6月にもパキスタンでの猪木vsシン戦を採り上げていたばかりで流石に短いスパンで猪木vsシンはないだろうと思って失敗しました。 

19年は3月20日(75年蔵前国技館)、6月19日(79年パキスタン・カラチナショナルスタジアム)と7か月間に猪木vsシンを3回も採り上げており、流石にネタ切れかと感じました。

※対戦成績は94戦19勝75敗。
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