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2019年10月29日22:29

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猪木とビンス(571)最終章

79年国際プロレス「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」11月12日、新潟・小出郷体育館から特別参加したバーン・ガニアはセミファイナルでマイティ井上と対戦。

両者は74年11月21日、大阪府立体育会館でガニアがAWA世界ヘビー級王者、M井上がIWA世界ヘビー王者だった時にダブル・タイトルマッチで対戦し1−1から両者リングアウトの引き分けとなっています。(特別レフェリーはビル・ロビンソン)。

77年7月10日、M井上がカナダ遠征に出ていた時にカルガリー・スタンビート・パビリオンにガニアも遠征してきてシングルマッチを行い30分時間切れ引き分け。

M井上は団体の2番手であり、この時は14分33秒に回転エビ固めでガニアが勝っています。

11月13日、三条市厚生福祉体育館でガニアはラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座に挑戦。(61分1本勝負)過去3回、ガニアはAWA世界ヘビー級王者として国際プロレスに来ていますがいずれも短期の特別参加でタイトルマッチしかやっておらず、意外にも両者は初対決。

試合は場外でスリーパーホールドをR木村に掛けたガニアが場外カウントぎりぎりでリングに上がり、17分41秒、リングアウト勝ち。この時はリングアウトによる勝敗でもベルトが移動するルールでガニアがタイトル獲得、第17代王者となりました。76年7月から27連続防衛を果たしたR木村でしたが、この年7月にアレックス・スミルノフに敗れて以来僅か4か月でこの年2度目の王座転落となりました。 

M井上はこの日はモンゴリアン・ストンパーに敗れています。吉原に反逆し、選手会を除名処分になり、11月7日、弘前市民体育館で稲妻二郎とのヘアーベンドマッチに敗れ、丸坊主となった鶴見五郎はその後ヒールサイドでフリーのヤス・フジイとタッグを組んでいましたがこの日「更生マッチ」とばかり本隊のアニマル浜口と組んで上田馬之助&フジイ組と対戦、浜口のタッチを拒み、仲間割れ、上田&フジイについて1対3で浜口を攻撃しノーコンテストになっています。

11月14日、諏訪湖スポーツセンターではM井上&浜口組の保持するIWA世界タッグ王座に上田&フジイ組が金網デスマッチで挑戦。(時間無制限1本勝負)

フジイは国際プロレス離脱後、74年3月の猪木vsS小林戦があった時期にビザの書き換えで一時帰国していましたが、その時ゴング誌の取材に応え、古巣の窮状に対し、「国際はじきになくなる」とコメントしています。

反逆児には手厳しいM井上が張り切り、15分21秒、逆エビ固めでフジイをギブアップさせ、M井上&浜口組が8度目の王座防衛に成功しています。

新IWA世界ヘビー級王者となったガニアは阿修羅・原に胸を貸すシングルマッチ。原の良さを存分に引き出し、12分9秒、原のパワースラムを切り返して体固めで完勝。奇しくも両者は16年の4月の終わりに時期が近くして亡くなっています。原は68歳、ガニアは89歳没でした。

無冠となったR木村はスミルノフとシングルマッチを行い、両者リングアウトの引き分け。

11月15日は岐阜・飛騨高山市体育館大会。メインイベントではガニアとM井上が再戦。(60分1本勝負)、12日の新潟・小出郷大会はノーテレビでしたが、今回はテレビ収録あり。 

IWAのタイトルマッチにしてもおかしくないカードです。試合は場外でスリーパーホールドをかけたガニアがR木村に勝った時と同じパターンで19分6秒、リングアウト勝ち。

セミファイナルではR木村&浜口&原組とストンパー&上田&鶴見組が対戦。スミルノフが乱入し、何故かストンパーを襲撃。6月の「ビッグ・サマー・シリーズ」でのオックス・ベーカーとの抗争同様、スミルノフは同じエース格であるストンパーの存在が面白くなく、チョッカイを出していきます。ストンパーとスミルノフは日本側を無視して乱闘を始め、ストンパー組が試合放棄で負けになりました。

11月16日、和歌山県立体育館がガニアの最終戦。R木村のリターンマッチを受けての初防衛戦となりました。試合はまたしても場外でガニアがR木村をスリーパーホールドに捉えリングアウト勝ち作戦、しかし、これを読んでいたR木村が身を屈めた為、ガニアの身体は鉄柱に激突。

R木村は素早くリングに上がり13分53秒、リングアウト勝ち。三条大会同様リングアウトでもベルトが移動するルールでR木村が王座奪還に成功、第18代王者に.ガニアは3日天下に終わりました。

ビッグゲストのガニアにIWAのベルトを渡さなければならなかったのでしょうが、2試合ともリングアウト決着というのはあまりに安直で捻りが足りなかったと思います。
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