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2019年10月24日23:10

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猪木とビンス(566)最終章

79年8月26日、日本武道館で行われた「プロレス夢のオールスター戦」第6試合は今大会唯一の新日本プロレスと全日本プロレスの対抗戦となった坂口征二(新日本)vsロッキー羽田(全日本)のシングルマッチ(45分1本勝負)。

試合は坂口が最初から「格の違い」を見せつけようと羽田の良さを引き出そうとはせず、僅か6分34秒、アトミックドロップからの体固めで勝利。私は個人的には新日本プロレス、猪木ファンですので坂口が楽勝という結果は良かったですが、プロレスは一方的に攻撃してしまってはつまらない、ということは5年以上プロレスを見続けていてわかっていましたので、この時の坂口の試合ぶりは好ましくありませんでした。

第7試合は夢の6人タッグマッチ、ジャンボ鶴田(全日本)&藤波辰巳(新日本)&ミル・マスカラス組vsマサ齋藤(フリー)&高千穂明久(全日本)&タイガー戸口(全日本)組(45分1本勝負)。

鶴田、藤波、マスカラスの夢の編隊飛行、トリプルドロップキックは日本プロレス史上に残る名場面。14分56秒、マスカラスがM齋藤をダイビング・ボディプレスからの体固めで降し鶴田&藤波&マスカラス組が鮮やかな勝利を飾りました。

M齋藤と高千穂はいい仕事をしたと思います。戸口はこの年の7月に大木金太郎との日韓師弟コンビ解消を表明、全日本プロレス正規軍入りし、キム・ドクからタイガー戸口に改名、ベビーターンしていた為ヒールファイトに徹しきれず本領発揮には至りませんでした。

第8試合、セミファイナルはラッシャー木村(国際)vsストロング小林(新日本)のシングルマッチ(60分1本勝負)。5年前の74年2月、国際プロレスを離脱し、猪木に敗れて「国際は新日本より弱い」というイメージを決定付けさせた国際にとっては戦犯であるS小林と、苦しい経営状況ながら国際を守ってきたR木村との因縁のシングルマッチ。

背景からしてオールスター戦には似つかわしくないマッチメークでした。

両者は国際時代には2度対決。73年7月9日、大阪府立体育会館ではR木村がS小林のIWA世界ヘビー級王座に挑戦し2−1でS小林の防衛。同年9月28日、岐阜市民センターでの第5回IWAワールド・シリーズ公式戦でも対戦し20分50秒、体固めでS小林が勝ちS小林の2戦2勝。

しかし6年経って両者のポジションは大きく変化。R木村は国際プロレスのエースとして団体の屋台骨を支え、S小林はこの年坂口と組んでの北米タッグ王者戦線から外されて猪木、坂口、藤波、長州の下の5番手。

新日本プロレスはまたここでR木村の対戦相手であるS小林の商品価値を恣意的に落とすようなマッチメークをしています。

7月30日静岡・湖西市駅前広場特設リング
30分1本勝負
長州力(9分34秒首固め)S小林

前78年11月17日、後楽園ホールでのプレ日本選手権開幕戦での初対戦ではS小林の放ったバックドロップを長州がコーナーを蹴って両者後頭部を打ってダウン、先に起きた長州がS小林をフォールして14分43秒、体固めで長州が勝ち。この時はS小林の「アクシデント負け」的な要素も多分にあったでしょう。(77年7月28日、福岡九電記念体育館で長州がM齋藤との初シングル戦で勝った時と同じ勝ち方)

しかし、地方大会の通常のシングルマッチで10分足らずで負けてしまってはフロック負けで済む話ではなくなります。

試合はS小林のベアハッグをR木村が耐え抜き、場外戦へ。一足早くリングに戻ったR木村が12分4秒、リングアウト勝ち。レフェリーの遠藤光男のレフェリングがS小林が入って来たところでカウント20を入れたこともあり、新日本プロレス側のセコンドは抗議しましたが判定は覆らず。R木村は新日本プロレスの5番手にフォール勝ち出来なかったということになった訳です。

メインイベントはジャイアント馬場(全日本)&アントニオ猪木(新日本)組vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&タイガー・ジェット・シン組(時間無制限1本勝負)レフェリーはジョー樋口(全日本)、リングアナは倍賞鉄夫(新日本)。

入場順はブッチャー、シン、猪木、馬場の順。倍賞リングアナは試合前「初めて馬場さんをコールさせて頂きます。緊張します。」とコメントしていましたが外国人組の奇襲攻撃で試合に突入した為、コールはなし。

試合は猪木がブッチャーにブレーンバスター、延髄斬りを決めれば、馬場はシンに16文キック、シンに馬場、猪木二人がかりでのショルダー式アームブリーカーを決めるなど見せ場をふんだんに作り、観客を熱狂させました。

シンのブレーンバスターを滑り下りた猪木が逆さ押さえ込み。13分3秒、カウント3が入り馬場、猪木組のBI砲の勝利。

試合後、猪木はマイクで「馬場さん、今度二人が同じリングに上がる時は対戦する時です。やりましょう!」とアピール。馬場は「よし、やろう!」と応えましたが、実際は事前に取り決めのない猪木のスタンドプレーであり、馬場はその場を収める為に「やろう!」と言ったに過ぎず、「やはり猪木は信用ならない」と再び態度を硬化させ、両雄が同じリングに立つことは2度とありませんでした。

テレビ放送はテレビ朝日が当日午後11時15分から、日本テレビが同じく午後11時45分からのスポーツニュースでそれぞれ5分間の枠で放送。テレ朝はメインのみ、日テレはメインと鶴田&藤波&マスカラス組の6人タッグマッチをダイジェスト放送しました。武道館から帰宅しても放送には間に合いました。

東京12チャンネルは中継車すら会場に入れず、この日の興行収入から必要経費を差し引いた利益配分も新日本プロレス、全日本プロレスが4:4の同額で国際プロレスは2。人気の差だからこれは仕方ないと言えました。

また、坂口と当初はグレート草津とのシングルマッチが予定されていたとのことで、坂口と地方でよく間違えられる草津が坂口との対戦を嫌いカード変更になったとの定説があります。R木村vsS小林ではR木村の勝ち。ならば坂口vs草津は勝敗が逆になるのがマッチメークの定石、NWF北米ヘビー級、NWA北米タッグの「北米二冠王」の坂口に草津が勝つか引き分けるのは無理に等しく、草津はこれを拒否したと思われます。


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