新日本プロレスから乗り込んで来た星野勘太郎&山本小鉄組のヤマハ・ブラザーズに団体の看板ベルトであるIWA世界タッグ王座を奪われた国際プロレスは挑戦者チームをマイティ井上&アニマル浜口組に変えて、「新春パイオニア・シリーズ」最終戦、1月29日、勝田市(現ひたちなか市)総合体育館でリターンマッチを挑みました。
グレート草津はこれでIWA世界タッグ王座戦線から降板、70年2月3日、広島県立体育館でサンダー杉山と組んでモンスター・ロシモフ(アンドレ・ザ・ジャイアント)&マイケル・ネイダー組を破って同王座初戴冠、以後、ストロング小林、ラッシャー木村、M井上、浜口とパートナーを変えて王座を保持。「ミスターIWAタッグ」と呼ばれていましたが、体力の衰えとフロント業務(取締役営業部長)多忙から、M井上に譲りました。
勝田大会、1本目は山本がM井上に試合開始早々に足4の字固めの奇襲攻撃、太く短い山本の足が同じく太く短いM井上の足にガッチリ食い込んで離れず、僅か2分39秒で山本のギブアップ勝ち。
2本目は19分28秒、M井上がフライング・ショルダーアタックからのサマーソルト・ドロップ2連発で山本を体固めに決めて1−1。
決勝の3本目はヤマハの2人がかりでのクローズラインから星野が浜口をフォール。レフェリーの遠藤光男はカウント3を入れましたが、リングしたにいたサブレフェリーのマンモス鈴木が「山本はノータッチで入ってきた、2人がかりでのフォールは無効」とアピール。
遠藤はこれを聞き入れてヤマハのフォール勝ちを撤回。すると山本が遠藤に近づいていきなり平手打ち。故意のレフェリー暴行により4分40秒、国際組の反則勝ち、反則の為タイトル移動せず、ヤマハが初防衛に成功。スコアは2−1で国際組が勝ちましたが、内容では完敗でした。
山本はリング下にいたセコンドのR木村に向かいベルトをかざしながら、「次はお前が挑戦して来い」と挑発。アメリカでも反日感情の強いテネシー州でヒールをやっていたヤマハがアウェイのリングで憎々しいヒールぶりを見せつけました。
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