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2019年10月07日07:37

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猪木とビンス(548)最終章

78年国際プロレス「日本リーグ争覇戦」第10戦は11月16日、松阪市総合体育館(観衆1,500人発表)。Aブロック公式戦では無敗のプロフェッサー・タナカが大熊元司をレフェリーの死角を突いての凶器打ちから体固めで破り無傷の4連勝で16点。大熊は5点。

同じくAブロックではロッキー羽田とミスター・ヒトが30分時間切れ引き分け。羽田は5点、ヒトが9点。

Bブロック公式戦はこちらも好調のディーン・ホーがグレート小鹿から反則勝ちを拾い17点と首位のラッシャー木村に並びました。小鹿は3点のまま。

予選リーグ戦のヤマ場と言えるのが第11戦の11月17日、大阪府立体育会館(テレビ収録、観衆3,800人発表)大会。この日から鶴田とキム・ドクが参戦。カードも弱くはありませんでしたが、関西地区にテレビのネット局を持たない弱味か、満員マークは付かず。 

メインイベントはBブロック公式戦、R木村vsドクのシングル初対戦。2月21日、同じ府立で行われた国際、全日本、韓国の「三軍対抗戦」での鶴田vsR木村のシングルマッチでドクに乱入され、不本意な反則負けを喫しているR木村にとってはドクは憎き相手。

ドクの反則を巧みに混じえたのらりくらりとした戦法に堪忍袋の緒が切れたか、R木村はドクをコーナーに逆さ吊りにしてストンピングのラッシュ。静止に入ったレフェリーに暴行を加え、10分51秒、反則負け。ホーに両リンになった以外は4連勝で負けなしのR木村は初黒星。17点のまま。ドクは4点で白星発進となりました。

Aブロック公式戦はタナカとミスター・サクラダが両者リングアウト。サクラダは9点、無失点だったタナカは初の3失点で17点。大熊vsヒトは30分時間切れ引き分けで大熊7点、ヒトは9点。

この日から参戦の鶴田は予選リーグ戦はシードの為羽田と組んで、グレート草津&マイティ井上組と対戦。団体対抗戦となりました。試合は15分7秒、M井上が羽田をバックドロップからの体固めで破り国際の勝利。

アニマル浜口&寺西勇組と小鹿&石川孝志組は小鹿が寺西を体固めで破り小鹿&石川組が勝ちましたがこの時点では石川はまだフリーの為、対抗戦にはなりませんでした。

同じ11月17日、後楽園ホールでは新日本プロレスの同趣旨のシリーズ、「プレ日本選手権」が開幕。こちらは前にも書きましたが外敵となるフリーの「狼軍団」がヒロ・マツダ、上田馬之助、マサ齋藤、剛竜馬、サンダー杉山の5人しか集まらず。このうち、マツダ、剛、杉山は元国際プロレス所属、上田は76年に国際にフリー参戦しています。M齋藤は国際所属にはなったことはありませんが、67年1月の東京プロレスと国際の合同興行に参戦経験あり。

新日本プロレス側は猪木、坂口、藤波辰巳、ストロング小林、長州力、星野勘太郎、山本小鉄、木戸修、永源遙がエントリー、こちらも予選リーグ戦、決勝トーナメントに分けられ、欧州遠征中の猪木と狼軍団の首領であるマツダが「猪木と同格」という理由で予選リーグ戦はシードされていました。

この日、早速新日本プロレスが仕掛けました。予選リーグ戦ではS小林vs長州が組まれ、14分43秒、S小林が放ったバックドロップを長州がコーナーマットを蹴って両者後頭部を強打。上になった長州が体固めでS小林を破りました。

新日本プロレスならではの残酷な「番付入れ換えマッチ」となりS小林は9月19日、大阪府立体育会館での坂口&S小林組vs藤波&木戸組の1本目に藤波にフォール負けし、直接取り返せない(2、3本目はS小林、坂口が木戸から2本連取し坂口&S小林組の勝ち)事態となり、これで新日本プロレス内でのポジションは猪木、坂口、藤波、長州に次いで5番目に落ちてしまいました。

そのS小林が試合後、「自分をプロレス界に入れてくれた吉原社長に恩返しがしたい、11月25日、国際プロレスの蔵前国技館大会に参戦したい」と発言。

吉原社長初め国際プロレスの選手、フロントには決して忘れることが出来ない74年2月のフリー宣言によるS小林の退団、TBSの放送打ち切り、大剛鉄之介の交通事故のトリプルショック。

エースで現役IWA世界ヘビー級王者だったS小林が猪木に挑戦して敗れ「国際は新日本より弱い」というイメージを決定付けられ、団体創立以来の大ピンチに陥りました。

馬場の助けを借り、東京12チャンネルの放送が開始されて苦しい中何とか乗り切って来た約5年、言わばSWSに行った天龍が馬場存命中に全日本プロレスにゲスト参戦するようなものです。(全日本は隆盛を極めていましたが)残された選手の気持ちを考えると…。

しかし、吉原はあっさりとS小林の申出を受諾してしまいます。蔵前大会のチケットの売れ行きが芳しくない、背に腹は変えられない事情があったかと思われます。
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