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2019年10月03日22:33

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猪木とビンス(545)最終章

吉原社長のプロレス生活25周年記念イベント、「日本リーグ争覇戦」は78年11月3日、大田原市民体育館で開幕。協力関係にある全日本プロレスからは鶴田(予選リーグはシード、決勝トーナメントより出場)、2年に及ぶアメリカ修行から凱旋帰国したミスター・サクラダ(桜田一男、ケンドー・ナガサキ)、グレート小鹿、大熊元司、ロッキー羽田が参加。

また、77年の名古屋場所を最後に持病の糖尿病の悪化を理由に大相撲を廃棄し、10月31日にフリーでプロレス転向を表明。アメリカに渡り修行を積んでいた元大ノ海の石川孝志が帰国して参戦。

大木金太郎(予選リーグはシード、決勝トーナメントより出場)、キム・ドク、日系ヒール(実際はフィリピン人)のプロフェッサー・タナカ、同じく日系のディーン・ホー(樋口)、フリー参戦のミスター・ヒト、韓国・金一道場より梁承揮がエントリーしています。梁は当初参加が予定されていたフリーのミスター・セキ(ポーゴ、関川哲夫)がキャンセルをした為に代打参戦となりました。

ホスト団体である国際プロレスからはラッシャー木村、グレート草津、マイティ井上、アニマル浜口、寺西勇、鶴見五郎がエントリー。

日本人でない選手も多数含まれていたものの、同時期(78年11月17日〜12月16日)に新日本プロレスが開催した同趣旨のイベント「プレ日本選手権」の外敵、狼軍団がヒロ・マツダ、上田馬之助、マサ齋藤、剛竜馬、サンダー杉山の5人しか集められず、セミリタイア状態の杉山まで引っ張って来なくてはならない状況でしたから、それに比べると豪華メンバーであったと言えます。

全日本プロレス所属選手以外でも、石川は、77年当時天龍、元トンガ力士の福ノ島(プリンス・トンガ、キング・ハク)と大相撲からの全日本プロレス入団が続き、日本相撲協会から「引き抜きだ」とクレームが来た為、相撲協会との軋轢を回避すべく馬場がフリー扱いにしたもので、77年10月31日にホテル・ニューオータニでフリーとして記者会見を行った後、テキサス州アマリロのドリー・ファンク・ジュニアの元で修行を積んでおり、全日本プロレスのルートであることは明らかでした。

石川は大ノ海をリングネームにすることは出来ませんでしたが、これは、花籠親方(当時、輪島の先代)の現役時代の四股名が大ノ海であったことから自粛したものです。

石川は日本リーグ争覇戦が終わった後、全日本プロレスの「世界最強タッグ決定リーグ戦」にフリー参戦。翌79年1月の「新春ジャイアント・シリーズ」に継続参戦した後、3月の「第7回チャンピオン・カーニバル」からは正式に全日本プロレス所属となりました。

全日本プロレスはこれと同じことが86年にも起き、元横綱輪島大士、琴天山のジョン・テンタ、十両の卓越山の高木功(2代目嵐)が相次いで全日本プロレス入り、特に親方となっていた輪島の入団に相撲協会が態度を硬化。

全日本プロレスは85年3月9日のプロレスこけら落とし以来使用していた両国国技館から86年10月21日の創立15周年記念興行(スタン・ハンセンvs鶴田のインターナショナル・ヘビー級選手権試合、長州力vsテリー・ファンクのPWFヘビー級選手権試合のダブルメインイベント)を最後に撤退。以後は東京でのビッグマッチ会場を日本武道館に変更しています。

そんな流れから元十両の玉麒麟(田上明)が87年秋に入団してきた時は一時的に提携団体であるジャパンプロレス所属にしていました。

石川以外にも大木とドクは全日本プロレスにレギュラー参戦しており、実質的には全日本プロレスからのレンタル参戦であり、ドクに関してはGスピリッツのインタビューでタイガー戸口として全日本プロレスに入団する前から実は全日本プロレスと所属契約を結んでいた事をカミングアウトしています。

時期がいつからかははっきりしていませんが恐らくドクとして2度目の凱旋帰国を果たした77年10月29日、黒磯市公会堂での鶴田とのシングルマッチ(ノンタイトル60分3本勝負、1−1からチェーンを持ち出したドクの反則負け)からかと思います。以後、ドクは休みのシリーズはあっても外国人ヒールサイドからレギュラー参戦をしています。

新日本プロレスから星野勘太郎、山本小鉄を借り受けてリーグ戦を開催していたら、これらの選手は誰も出なかった訳で、吉原が新日本プロレスの申出を丁重にお断りしなければシリーズは成り立たなかったでしょう。

日本リーグ争覇戦はABブロック別総当たりリーグ戦で行われ、Aブロックは草津、M井上、サクラダ、大熊、羽田、ヒト、タナカ、梁の8選手、BブロックがR木村、浜口、寺西、鶴見、ドク、小鹿、石川、ホーの8選手。各ブロック得点上位3名に予選リーグ戦シードの鶴田と大木が加わり8人による決勝トーナメントが行われることとなりましたが大木はリーグ戦が始まってから、韓国でのスケジュール調整がつかないという理由で決勝トーナメントを棄権しています。

大木は11月28日、鶴岡市体育館、11月30日、千葉公園体育館での優勝決定戦には試合に出場しており、マッチメークに対する不満から棄権したかと思われます。

全日本プロレスの若きエース、鶴田は少なくとも準々決勝までは残さないといけない。タナカ、ホーの日系人勢はR木村と鶴田のクッション役でしょう。そうなると割を食うのは大木….。自分では少なくとも馬場、猪木と同格と思っている大木がR木村、鶴田より先に決勝トーナメントで姿を消さなくてはならないのは承服出来ず、棄権したというのが本当のところでしょう。

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