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2019年09月12日22:00

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猪木とビンス(524)最終章

全日本プロレスとの全面対抗戦をまずまずの成績で終わらせた国際プロレスの76年は前半戦は対抗戦以外の大きな話題もなく進行していきました。

IWA世界ヘビー級王者ラッシャー木村は、クレイジー・セーラー・ホワイト、キラー・トーア・カマタ(2回)と王座防衛をし、防衛記録を10と二桁に伸ばしました。

東京12チャンネルとの4月の番組改編期では当初の年間30週から40週に増え、以降は特別番組で放送が休止されることはありましたが原則毎週放送に昇格しています。

4月12日の後楽園ホールでは局側の方針で放送開始以来行われて来た女子部の試合が終了。女子部最終試合は小畑千代が佐倉輝美を2−1で破りIWWA世界女子王座を防衛しています。

4月13日、茨城県岩瀬町体育館でラッシャー木村はジ・アンダーテーカー(マスクマン、正体は73年6月に全日本プロレスに来たハンス・シュローダー、後の"墓掘り人"、パニッシャー・ダイス・モーガンのマーク・キャラウェイとは別人)を破ってIWA世界ヘビー級王座11度目の防衛に成功しますが、試合内容に納得がいかないとしてベルトを返上。

4月22日、仙台・宮城県スポーツセンターで金網デスマッチによる王座決定戦が同じ組み合わせで行われ、R木村がアンダーテーカーを逆エビ固めでギブアップさせて11日ぶりに王座返り咲き。

吉原としては話題に乏しかった為、このようなアングルを思いついたかも知れませんが、仙台での王座決定戦は金網の為テレビ放送されず大して話題にもなりませんでした。普通に再戦でよく、ベルト返上したのはかえってタイトルの価値を下げただけでプラスにはならなかったと思います。

5月23日、後楽園ホールで開幕の「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」に元日本プロレスの上田馬之助が参戦しています。

上田は日本プロレス崩壊後、合併という形で大木金太郎以下、日本プロレスの残党と共に全日本プロレスのリングに上がっていましたが馬場の扱いの悪さ、73年10月9日、蔵前国技館での沖識名レフェリー引退興行に関する馬場の対応に腹を立てて松岡厳鉄と共に全日本プロレスを離れ、アメリカでフロリダ州ペンサコーラを拠点にフリーでプロレス活動を展開。

上田は全日本プロレスに合流する際、全日本プロレスと日本テレビの双方と3年契約を結んでおり、契約満了となった76年に入り、馬場、猪木、R木村の3団体のエースに挑戦状を送りました。

それにいち早く反応したのが吉原でした。吉原は上田を招聘しR木村とのタイトルマッチを組むことになった訳です。上田は国際プロレス参戦に際し、前頭部を金髪に染めて「まだら狼」に変身しています。

3年ぶりの凱旋マッチとなった5月23日の開幕戦の後楽園ホールで上田はエディ・サリバンを7分30秒、コブラツイストで破りましたが、翌日の5月24日、福生市民体育館では上田はリップ・タイラーと組んでR木村&マイティ井上組と対戦。上田はR木村、M井上をアメリカで培った喧嘩ファイトで圧倒。1−1から両チームリングアウトとなりました。

国際プロレスには過去、外国人サイドから出てくるヒール日本人選手は69年の「ロイヤル・シリーズ」に来たフランス在住のシャチ横内がいましたがヒールとしての力量では上田の比ではなく、上田は日本人初の本格的ヒールとして注目を集めました。 

6月11日、古河市立体育館でR木村vs上田のIWA世界ヘビー級選手権試合が組まれ、レフェリーの死角をついたカウンターの凶器打ちからの体固めで上田が勝ってしまい、R木村は無念の王座転落というまさかの結末になってしまいました。
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