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2019年09月09日22:47

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猪木とビンス(521)最終章

75年の全日本プロレス「オープン選手権」では国際プロレスのエース、IWA世界ヘビー級王者ラッシャー木村と全日本プロレスの馬場、鶴田との公式戦シングルマッチが組まれました。

R木村と鶴田は12月13日、福井市体育館で実現、壮絶な張り手の応酬から場外戦となり、9分19秒で両者リングアウトの無得点試合。

R木村vs馬場の団体頂上対決。ある意味、国際プロレスを辞めてから対戦したストロング小林と猪木の試合より国際プロレスに取っては重要な一戦となりました。

試合中、前日の12月16日、長岡市厚生会館(現アオーレ長岡)で公式戦でR木村と対戦し両者リングアウトとなった因縁を持つアブドーラ・ザ・ブッチャーが乱入、場外で馬場にも攻撃を加えた後、R木村の頭を鉄柱にぶつけて流血させました。

多量の出血で視界が悪くなったR木村に馬場は河津落とし1発。6分53秒、体固めで馬場がフォール勝ち。R木村のセコンドにいた吉原が血相を変えてレフェリーのジョー樋口に掴みかかって抗議しましたが、「ブッチャーは馬場にも攻撃を加えており、馬場側についていた訳ではない」と判定を覆すことはなく、結果だけ見ればR木村の完敗に終わっています。

オープン選手権は20人の豪華メンバーを集めましたが、ブッチャー戦で腕を負傷したハーリー・レイスを初め、ダスティ・ローデス、バロン・フォン・ラシク、ミスター・レスリング、大木金太郎、アントン・へーシンクが12月11日、日本武道館での力道山13回忌追善興行を最後に途中帰国。

12月12日の鈴鹿市体育館からパット・オコーナーが入れ替わりで参戦しています。棄権理由はそれぞれですが、これだけのメンバーを集めてはギャランティーが莫大にかかることからやはり最初から1週間の契約だったと考えるのが妥当な線かと思います。

最終戦は12月18日、川崎市体育館で行われ、セミファイナルでドリー・ファンク・ジュニアが鶴田と時間切れ引き分けで10点。メインイベントの馬場vsホースト・ホフマンは10分5秒、馬場がネックブリーカー・ドロップ(ランニングではない通常の)からの体固めであっさりと破り最多得点11点で優勝。日本プロレス時代の栄光のワールド・リーグ優勝杯を手にしました。

R木村はケン・マンテル、ドン・レオ・ジョナサン、ラシクに勝ち、ドリー、馬場に負け、鶴田、ブッチャー、ディック・マードックに両リンで勝ち点6。鶴田と並んで敢闘賞を受賞。大豪ジョナサンに勝ったのがせめてもの救いでしたか…。

なお、マイティ井上はローデスに反則勝ち、鶴田、マードック、ザ・デストロイヤー、ヒロ・マツダに時間切れ引き分け、ラシク、オコーナーに負けの6点と元IWA世界ヘビー級王者としての面子を保ちました。

しかしグレート草津に関しては共に足4の字固めをフィニッシュとするデストロイヤーとの「4の字で勝った方が100万円をもらう」という4の字対決で、フライング・ボディシザースドロップに敗れ(12月9日、福岡九電記念体育館)た他、ブッチャー、マードック、ジョナサンに負け、Mレスリングに勝ったものの、マンテルと両者リングアウトで2点、しかも通常8試合の公式戦のうち6試合しか組まれませんでした。
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