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2019年08月14日22:47

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猪木とビンス(496)最終章

国際プロレスは、外国人ルートについてはヒロ・マツダがブッカーとなり、フロリダのエディ・グラハムの主催するCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロリダ)から調達が可能でしたが、日本人選手がマツダ、ミスター鈴木以外にはいませんでした。  

一方、豊登、猪木の東京プロレスは4月23日にホテル・ニューオータニで設立記念パーティーを行ったものの、日本プロレスの妨害工作に遭い、旗揚げ戦が行われたのはそれから約半年後の10月12日、蔵前国技館。

旗揚げ戦には10,000人(超満員発表)の観衆が詰めかけ、メインイベントでは2年8か月ぶりに日本で試合を行う猪木がジョニー・バレンタインと一騎討ち。31分56秒、リングアウト勝ちで強豪バレンタインを降しています。

この旗揚げシリーズは全34戦が予定されていましたが、「東京プロレスの興行を買ったプロモーターには日本プロレスの興行は売らない」と日本プロレスから横槍が入り、12大会が中止。

シリーズ第2弾では11月21日、都電板橋駅前広場大会が主催者であるオリエント・プロモーションが前の興行の代金を払わなかったとして猪木が試合出場を拒否。大会は中止となり、観戦に来た客が暴れて会場に火を着ける騒ぎになりました。(板橋事件)

会社としての信用を失った東京プロレスは2シリーズ行ったのみで資金ショートを起こし、早くも自主興行が困難になりました。猪木が豊登が会社の金をギャンブルにつぎ込んでいたとして豊登及び旗揚げに向けて資金を集めていた新間信雄(新宿の完通寺住職)、寿親子を告訴、豊登側も契約不履行で猪木を告訴するなど泥沼化していました。

吉原は自主興行が出来なくなっていた猪木に合同興行の話を持ち掛けて67年1月5日、大阪府立体育会館での旗揚げ「新春パイオニア・シリーズ」は東京、国際の合同興行として開催されました。

東京プロレスは猪木以外には、仲違いしていた豊登、豊登を慕う田中忠治は参加しなかったものの、日本プロレスに入門していた齋藤昌典(マサ)、豊登が日本プロレスから引っ張ってきた木村政雄(ラッシャー)、高崎山三吉(北沢幹之、魁勝司)、柴田勝久、本間和夫らの他、東京プロレスでデビューした寺西勇、永源勝(遥)、仙台強(大剛鉄之介)、平野岩吉、竹下民夫らがおり、これで日本人レスラーも駒が揃いました。

外国人はマツダルートからNWA世界ジュニア・ヘビー級王者ダニー・ホッジ、東京プロレスから残留のバレンタイン、グリズリー・スミス(ジェイク・ロバーツ、ロック・ロビンの父)&ルーク・ブラウンのザ・ケンタッキアンズの他、マツダのボスであるEグラハムも参加。

1月31日、仙台・宮城県スポーツセンターの最終戦まで開催されましたが、猪木は水面下でスポーツニッポン社長の宮本貞夫社長とコンタクトを取り、日本プロレスへの復帰が決定。日本プロレスは豊登は公金横領の咎で除名処分にしていましたが、猪木は「豊登にそそのかされただけ」と処分されておらず、猪木、北沢、柴田は日本プロレスに復帰、東京プロレスでデビューしていた永源も日本プロレスへ。

吉原は「猪木に煮え湯を飲まされた」と猪木の身勝手な日本プロレス復帰を非難しましたが、猪木の日本プロレス復帰により次のシリーズ開催が危ぶまれました。

しかし、吉原の早稲田大学レスリング部の先輩に当たるTBSの森忠大運動部長の肝入りでTBSの国際プロレス放送の話が浮上。

国際プロレスは旗揚げシリーズ終了から半年も経った月21日、名古屋・金山体育館から第2弾の「パイオニア・サマー・シリーズ」を開幕させました。

猪木が日本プロレスに復帰したことで豊登と田中忠治が参戦。また、国際プロレス生え抜き1期生として覆面太郎(小林省三、ストロング)、井上末雄(マイティ)がデビュー、日本プロレスをクビにされたマンモス鈴木も復帰。

同シリーズの大会をTBSが実験的に中継し、翌68年の1月よりレギュラー放送が決定していますが、TBS主導で話が進められ、外国人レスラーのブッカーには力道山死後、日本プロレスから絶縁されていたグレート東郷が就任。

東郷のブッカー就任によりマツダは国際プロレスを去ることになりますがTBSがリクエストした外国人レスラーをマツダが呼ぶ力がなかったのと、後にマティ(ミスター)鈴木の談話によると2シリーズ開催して作ってしまった赤字の負債を共同オーナーであるはずのマツダが一銭も負担しなかったことで吉原との間に確執が生じた、というものでした。(マティ鈴木は自分も創業者だから、ということで1/3はアメリカで試合をしたファイトマネーで分割返済した、金額はおよそ600万円と述懐している)

マツダが去りTBSが実権を握った国際プロレスは表向きは「TBSプロレス」という名称(番組名もTBSプロレスリング中継)として再スタート。68年1月3日、日大講堂で、ルー・テーズ、ホッジ、ハンス・シュミット、ブルドッグ・ブラワー、クラッシャー・コワルスキー等の豪華外国人メンバーが集結しました。
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