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2017年12月20日23:21

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(248)

猪木欧州世界選手権シリーズ第14戦は78年11月23日、オランダ・ロッテルダム・マホイスポーツランドで行われ、猪木との対戦をキャンセルしたアントン・ヘーシンクに代わって同じオランダ出身の柔道家、ミュンヘン五輪重量級、無差別級2階級金メダリストのウィリエム・ルスカが猪木と対戦。

結果的に新鮮味のないカードになってしまいましたが、4分10ラウンド時間切れ引き分け。これまでルスカには連戦連勝だった猪木でしたが、ここで初めてルスカに引き分けを許してしまいました。

連日休みなしのハードスケジュールによる疲れか、あるいは地元オランダのルスカに花を持たせたかと思われます。

第15戦は11月24日、西ドイツに戻り、ドルトムント・ベストフォーレンホールで日本でもお馴染みのオットー・ワンツと対戦しました。

ワンツは今年17年9月14日、74歳で亡くなっていますが、元はアマチュア・ボクシングの選手で69年に23歳で西ドイツのプロモーターであるグスタフ・カイザーにスカウトされてプロレス入り。

150kgの巨漢レスラーとして活躍し73年1月、国際プロレスの新春パイオニア・シリーズにグラン・ラパンのリングネームで初来日。

新日本プロレスには76年1月の新春黄金シリーズにブルドッグ・オットーのリングネームで来日していますが、中堅外国人の粋を出ず。

猪木とは1月8日、徳山市体育館、1月20日、日立市池の川中央体育館、1月26日、蒲郡市民体育館の3度シングルで対戦していずれも猪木が10分以内に弓矢固めで勝利しています。

2月5日の札幌中島スポーツセンターでは猪木、坂口組の北米タッグ王座にタイガー・ジェット・シンと組んで挑戦すると発表はされたものの、シンのパートナーはブルータス・ムルンバに変更され、さらに猪木も1月29日、大阪府立体育会館でのシン戦による負傷で2月6日、日本武道館におけるルスカ戦の為に大事を取って北米タッグ王座は返上され、坂口、ストロング小林組vsシン、ムルンバ組の王座決定戦に変更されました。(坂口、S小林組が2-1で勝利し王座獲得)

つまり新日本プロレスでは何の実績も残せておりません。

76年に西ドイツでCWA(コンチネンタル・レスリング・アソシエーション)を旗揚げしエース兼プロモーターとしても活躍。今回の欧州世界選手権シリーズではローラン・ボックに協力しています。

地元では団体のエースであったワンツは猪木と4分10ラウンド闘い、時間切れ引き分け。

これも猪木の連戦から来る疲れか、地元のヒーロー、ワンツに猪木が花を持たせたか、どちらかでしょう。

その後ワンツは82年8月29日、ミネソタ州セントポールでニック・ボックウィンクルを破りAWA世界ヘビー級王座を獲得、それで世界に名前が知られるようになり(同年10月9日、同所でニックにベルトを奪い返されて41日天下に終わる)、83年5月のIWGPでは欧州代表として出場。

プロモーターとしては西ドイツ、オーストリアを中心に成功、新日本プロレスとは親密な関係を構築し蝶野正洋、船木優治(誠勝)、山本(天山)広吉、小島聡、石澤常光(ケンドー・カシン)らのヨーロッパ修行を積極的に受け入れました。

地元ではその身体と身体に似合ったスケールの大きな人間性から「ビッグ・オットー」として親愛と尊敬の対象として親しまれていました。
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