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2017年06月25日12:50

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(71)

77年3月11日、愛知県体育館では猪木と吉田光雄がテレビ生中継では(3月7日、大田区体育館で初タッグ)初めてタッグを結成。マスクド・スーパースター、トニー・チャールス組と対戦しています。

1本目、猪木ファンには屈辱的な出来事が起きました。スーパースターの得意技、フライング・ネックブリーカードロップの前に猪木がフォール負け。

「馬場の得意技」であったフライング(ランニング)・ネックブリーカードロップであっさり猪木が3カウント取られてしまい、猪木ファンであった私は嫌な思いをさせられました。

猪木は他にアーニー・ラッドのカウンターのハイキック(馬場の16文キック)で74年3月21日、オハイオ州クリーブランドと11月1日、札幌中島スポーツセンターの2度のNWF世界ヘビー級選手権試合で「シングル3本勝負のうちの1本」でフォール負けしていますが、クリーブランドは不透明決着になったものの、札幌では決勝の3本目、鮮やかな弓矢固めでラッドの巨体を二つ折りにしてギブアップ勝ちしていますので結果的に猪木ファンの溜飲は下がりました。

しかし、日本では当時無名だったスーパースターに馬場の得意技で負けたのは衝撃的でした。

試合は2、3本目を吉田、猪木がチャールスから連取して日本組が勝ちましたが猪木の3カウントでのフォール負けは75年12月11日、蔵前国技館でのビル・ロビンソンとのNWF世界戦の1本目以来(76年はフォール負けなし。シングル100連勝とかでモハメド・アリ戦を控え『不敗神話』を作ろうと意図したと思料)だった為にインパクトは大でした。

この他ワールド・リーグ公式戦はジョニー・パワーズが木戸修を足8の字固めで降した後、前々回書いた理由でリーグ戦を4勝したところで途中棄権しました。(以後の公式戦は不戦敗)

実はパワーズとスーパースターは「一緒に呼んではいけない外国人の組合せ」でした。

スーパースターがボロ・モンゴルのリングネームでジートとのザ・モンゴルズとしてパワーズがオーナーを務めるNWFで試合をしていた時、約束していたファイトマネーの支払を履行しなかったパワーズに腹を立てたボロが控室でパワーズを私刑でボコボコにしてしまった経緯があるそうです。

ノースカロライナでボロはマスクド・スーパースターに変身する訳ですがパワーズがスーパースターと公式戦で対戦するのを回避した、というのが真相かと思われます。

その辺は人一倍気を使う馬場に対して猪木、新間は無頓着どころか「選手が嫌がる組合せの方が素の感情が出て見る方は面白い」という考え方の持ち主でした。

80年11月の第1回MSGタッグ・リーグ戦にスーパースターとパワーズを組ませようとして参加を発表したものの、普段は温厚紳士で知られるスーパースターが怒ってキャンセル。

仕方なく新日本プロレスはロサンゼルスでジ・エンフォーサーとタッグを組んで試合をしていたオックス・ベーカーを呼び寄せてパワーズと組ませています。

ベーカーはこれがなければ翌81年1月の新春黄金シリーズにエンフォーサーとのタッグで来ていたかと思われ、北米タッグ王座にも挑戦出来たかも知れませんでした。

3月31日、蔵前国技館では猪木vsパワーズのNWFヘビー級選手権試合、第4回ワールド・リーグ戦のダブルメインイベント、

4月1日、蔵前は先シリーズ、タイガー・ジェット・シン、上田馬之助組に奪われた北米タッグ選手権に腕の負傷で欠場中だったストロング小林に代わり、猪木が坂口との黄金コンビを復活させて挑戦すると発表されました。

両日とも特別レフェリーとしてルー・テーズの来日も併せて発表されています。

3月18日、新潟市体育館でのテレビ生中継では猪木の優勝決定戦出場辞退で事実上の優勝決定戦となった坂口とスーパースターが公式戦で対戦。

スーパースターのフライング・ネックブリーカードロップにフォール負けし2敗目を喫しました。スーパースターはリーグ戦全勝。

3月24日、札幌中島スポーツセンターでは猪木とパワーズが翌週31日、蔵前で行われるNWFヘビー級選手権試合の前哨戦としてノンタイトルで対戦しましたが、シンと上田が予告なしに会場に姿を現して試合に乱入。猪木どころかパワーズにも暴行を加えノーコンテストとなりました。

3月25日、青森県営体育館では優勝の行方を占う2大公式戦が行われました。

スーパースターとニコリ・ボルコフの新旧モンゴルズ対決はスーパースターがフライング・ネックブリーカードロップからの体固めで勝利。

坂口と吉田の初の一騎討ちは坂口が逆エビ固めで白星を挙げ、優勝決定戦は1位10戦全勝のスーパースターと2位8勝2敗の坂口の対戦となりました。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年06月25日 16:26
     スーパースター推しの印象が強いのですが、新日はシンやハンセンと並ぶエースガイジンに据える方針だったのでしょうか?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年06月25日 17:10
    > mixiユーザー だと思います。大型で動けるマスクマンで、アメリカでも当時はトップ中のトップではなく、日本に呼びやすかったです。

    次の年には蔵前で猪木のNWF王座に挑戦していますから。

    ただマスクマンで感情が出にくいから単独エースでは集客面は厳しかったですね。素顔のビリー・クラッシャーでもハンサムで観客が感情移入し辛かったと思います。

mixiユーザー

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