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2017年03月13日22:15

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ジャンボ鶴田怪物伝説(353)

83年10月14日、佐世保市体育文化会館大会(観衆3900人発表、テレビ収録)では2大タイトルマッチが開催されています。

ダブルメインイベント第2試合はインターナショナル・ヘビー級王者の鶴田に前王者ブルーザー・ブロディがリターンマッチを挑んだ同タイトル戦。

試合はブロディがワンハンド・ボディスラム、ギロチンドロップと試合を優勢に進めましたが鶴田もジャンピング・ニーパットで反撃しコブラツイスト。

場外へ逃げるブロディ、追う鶴田、両者鉄柱攻撃で額から流血、チェーンを持ち出したブロディが首を絞めにかかります。

静止に入ったレフェリーのジョー樋口にブロディが一撃、次いで鶴田も樋口を突飛ばしています。

19分13秒、両者反則の裁定が下され、鶴田が引き分けにより辛くも初防衛を果たしました。

結局のところ、インターナショナルのベルトを巡っての鶴田とブロディの試合は毎回似たような流血のある試合内容で同じような不透明決着が続き、両者はその持てる身体能力やポテンシャルを活かせぬまま、同じパターンの試合を繰り返すことになります。

ダブルメインイベント第1試合のUNヘビー級選手権試合は結局、テッド・デビアスと王座決定トーナメント決勝戦を行う予定で来日が発表されていたジェリー・ローラーが負傷の為キャンセル。

この為、デビアスの不戦勝となり、王座決定戦を行うことなくデビアスが新王者に認定されています。

全日本プロレスはしばしば、王座決定戦を行うことなく王者を決めてしまうことがありました。

代表的なところでは以下の事例があります。

81年4月30日、松戸市運動公園体育館、インターナショナル・ヘビー級王座決定トーナメントでドリー・ファンク・ジュニアとブロディが決勝に勝ち残り、この日王座決定戦が行われる予定であったが、ブロディが4月27日、愛知県体育館での馬場との準決勝で足を負傷。決勝戦を棄権、立会人として来日していたジム・クロケットの裁定によりドリーが不戦勝で王者に。

85年3月にブロディが新日本プロレスに移籍、この為、スタン・ハンセンはブロディとのコンビで保持していたPWF世界タッグ王座のパートナーにデビアスを指名しハンセン、デビアス組が新王者に。4月12日、熊本市体育館での長州、谷津組との試合が初防衛戦となった。

85年10月14日、熊本市体育館、寺西勇とのタッグでアジア・タッグ王者だったアニマル浜口(ジャパンプロレス)が10月7日、江南市民体育館での試合で鶴田のブレーンバスターを食って首が詰まってしまい欠場。

ジャパンプロレス側は寺西のパートナーに保永昇男を指名し寺西、保永組が新王者となり、この日石川敬士、渕正信組を破り王座初防衛。

87年9月3日、愛知県体育館、ハンセンとのタッグでPWF世界タッグ王座を保持していたデビアスがWWFと契約した為来日をキャンセル。この日、ハンセンのパートナーとしてオースチン・アイドルが指名され、ハンセン、アイドル組が新王者に。

しかし、天龍、阿修羅・原組に敗れ当日王座転落。

許されるのは,蛤2鵑裡妝里裡臆鵑離院璽垢世韻如後は返上して王座決定戦を行う必要があったと思います。

アジア・タッグ王座については全日本管理下になって以降、メインイベンターの登竜門的扱いとなり、返上が繰り返されていましたので、なおさらです。

さて、新王者となったデビアスですが、挑戦者には10月23日、後楽園ホールでデビアスvsローラーの勝者に挑戦が予定されていた天龍でした。

試合は足4の字固めに来たデビアスを天龍が首固めに丸め込みましたが、デビアスはそれを一回転させて切り返して上になりカウント3。

15分59秒、デビアスが初防衛に成功しました。

なお、この日より参戦のハンセンは、シリーズ最終戦の11月3日、後楽園ホールでタッグを組んで馬場、鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦するワンマン・ギャングとのタッグで馬場、マイティ井上組と対戦。

ウエスタン・ラリアット一発でM井上からフォール勝ちしています。
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