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2016年11月06日00:29

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猪木とビンス(391)

84年10月5日は金曜日、この日は新日本プロレスが越谷市体育館で闘魂シリーズの開幕戦を行った他に他男子2団体も関東地区で興行を開催し、シノギを削りました。

全日本プロレスは横浜文化体育館でジャイアント・シリーズの開幕戦。9月21日に新日本プロレス興行への移籍を表明した長州力以下維新軍が姿を現すのでは?という噂(全日本側からは一切それを裏付けるような情報はなし)が流され5400人(満員)発表という観客が集まりました。

メインイベントは鶴田、天龍、ザ・グレート・カブキ組とテリー・ゴディ、マイケル・ヘイズにプレーイング・マネージャーのバディ・ロバーツを加えたオリジナルのザ・ファビュラス・フリーバーズが対戦。

カブキがトラースキックからの正拳突きでロバーツを体固め。

AWA世界ヘビー級王者のリック・マーテルは阿修羅・原をダイビング・ボディアタックから片エビ固め。

スタン・ハンセンやタイガー・ジェット・シンの来ていない全日本のシリーズは古き良きアメリカン・プロレスの世界でのどかな昔ながらの風景でした。

UWFは後楽園ホールでシリーズ第3弾のストロング・ウィークスの開幕戦を後楽園ホールで行い、3000人(超満員)発表の観客を集め、その勢いを持続させています。

試合前にラッシャー木村と剛竜馬が「レスリングの方向性の違い」を理由に退団したことを発表。

日本のプロレスの歴史の中での選手の退団劇というのは、これまで表向きと実態が同じ、というケースは稀と言っていいかと思いますが、この時のR木村と剛の退団理由はまさに裏表なしの事実であったと思います。

スーパー・タイガーの加入により、格闘技色がより一層強くなり、それがファンの 支持を得たところから従来型のプロレススタイルであるR木村と剛にすればマッチメークの主流に入る余地はなく、退団の道を選択せざるを得なかったと思います。

現在の大日本プロレスは「デスマッチBJ」と「ストロングBJ」と言う2つの異なるスタイルが共存しています。

元を正せば1つの団体に複数のスタイルが共存する形態を最初に示したのはFMWですが、まだこの時代にはそこは浸透しておらず、新日本プロレスの「藤原組」が主体となったUWFのリングにもはやR木村、剛の居場所はありませんでした。

この日は木戸修の入団第1戦。木戸は藤原喜明と組んでSタイガー、前田日明組と対戦。

これまでは試合ではあまりサブミッションを多用することはなかった木戸ですが、ゴッチ仕込みの本格的な関節技を披露。「木戸蹴り」と言われたキックも冴え渡りました。

試合はSタイガーと藤原がチキンウィング・フェイスロックの掛け合いとなりましたがSタイガーの隙を突いた藤原がバックに回り込んでのチキンウィング・フェイスロックをガッチリと決めて見せ、25分35秒Sタイガーがギブアップ負け。

観客席からは大きなどよめきが起きています。

81年4月23日、新日本プロレスの蔵前国技館でのダイナマイト・キッド戦でタイガーマスクとしてイギリスから凱旋帰国して以来、負けは82年7月23日、金沢・石川県産業展示館でのキッド戦のフェンスアウトによる反則負けのみで無敗を続けていた(メキシコでの3本勝負で1本取られたのは除外)Sタイガーが新日本では中堅選手に過ぎなかった藤原に一本負けを喫したのは衝撃的でした。

「新日本では無敗だったタイガーも完全実力主義のUWFのリングではそうはいかない」

これがリング上にリアリティーを持ち込み、新日本プロレスのここ1年ばかりの間に起きた数々の失策に愛想を尽かした本物志向のファンがUWFに流れていくきっかけになったかと思います。

剛はともかくとしてR木村が藤原や木戸のサブミッションにタップしたりSタイガーにキックで顔面をボコボコに蹴られるというのはプロとしての商品価値を貶めることになり、この時点での退団選択はやむを得なかったと考えます。

先シリーズに初来日しUスタイルへの適応力を見せたジェリー・オルスキーは2シリーズ連続参戦、初来日にはステファン・ピットパス(88年7月に全日本へシーク・アリとして来日)、タプー・サモアに後のダニー・クロファットがフィル・ラファイヤーのリングネームで来日しています。

この他、65年の日本プロレス第7回ワールド・リーグ戦に初来日以来、実に19年ぶりに来日したスウィート・ダディ・シキ、新日本旗揚げ年の72年11月に来日したフランク・モレル(78年3月、全日本にも参加)、国際プロレスの常連だったキューバン・アサシン(86年に新日本へ来た選手とは別人)など年齢的に50歳前後のオールドタイマーを呼んで、UWF勢はキックとスープレックス、サブミッションで容赦なく叩き潰しています。

私はこの日は後楽園へUWFを観に行き、新日本プロレスはビデオに録画して帰宅してから観て、翌10月6日に全日本の中継を観ました。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年11月06日 08:34
    金網の鬼とUスタイルは違い過ぎますからね。マッハ隼人もUスタイルには苦戦してましたからね冷や汗 飛龍さん、チケット代がすごそうですねげっそり
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年11月06日 09:23
    > mixiユーザー プロレスにお金使ってなければ住宅ローン借りずに済んだかと…^_^;
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年11月06日 10:12
    フィル・ラファイヤー(ダニー・クロファット)と佐山スーパータイガーのシングルマッチを九州は飯塚の地方会場で見ましたよ。なかなかの好勝負でしたが、最後は佐山がツームストンパイルドライバーからのアームロックで勝利。「ツームストンから」てとこに、当時のUの地方会場における配慮を感じました(^^;)。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年11月06日 10:33
    > mixiユーザー 観客席乱入や場外乱闘のない32年前の地方大会と言うのも…。おじいさん、おばあさんや子供は満足して家路についたんですかね^_^;
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年11月06日 15:10
    > mixiユーザー どっかの子供が親御さんに「今度は別のとこ(団体?)行こうよー」とかゴネてました(^^;;;;;)<U飯塚大会  博多スターレーンとか下関体育館になるとマニア率高くてけっこう盛り上がってたんですけどね(^^;;;)。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年11月06日 16:48
    > mixiユーザー 飯塚市体育館は新日本と全日本が年1回ずつ位ですかね…。確か89年3月に猪木が第1試合に出るとかでロン・スターとやった試合がテレビ中継された会場ですね。

    しかし、フィニッシュが関節技ばかりの地方大会というのも如何なものかと…。あせあせ

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