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2016年03月12日11:08

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ジャンボ鶴田怪物伝説(245)

タイガー・ジェット・シンは「7月2日(81年)に日本に行く」とマスコミに予告。この時点でまだ全日本プロレスへの移籍は公表されておりません。

全日本へ移籍か?新日本へ殴り込みアブドーラ・ザ・ブッチャーを襲撃か?と注目が集まりました。

翌日3日は全日本が熊谷市民体育館でサマー・アクション・シリーズ、新日本は後楽園ホールでサマー・ファイト・シリーズがそれぞれ開幕。

シンは全日本の熊谷大会のメインイベント、馬場、鶴田組vsディック・スレーター、ビル・ロビンソン組の試合に辛子色のインド風シャツで乱入し黄色い鉄パイプで馬場を襲撃。全日本への参戦をアピールしました。

翌7月4日、後楽園ホールでシンは全日本第1戦。前日の乱入で遺恨が生じたスレーターとのシングル戦。シンはマネージャーであるボビー・ヒーナンを連れてリングに登場。

何度かこの日記にも書きましたが、シンを呼んでいるのはもちろんプロモーターである馬場以外にはいないのですが、馬場は新間のように「ウチが呼んだ」とは言いません。

あくまでシンの来日は馬場、鶴田をターゲットとした無法乱入であり、ヒーナンの役割はシンを連れて来た悪のマネージャーでした。

ザ・ブレインと言われ、AWA世界ヘビー級王者ニック・ボックウィンクルのマネージャーを長年勤めていたヒーナンだけにこの辺りの仕事ぶりはお手のものでした。もちろんシンとヒーナンはアメリカで一緒に仕事をしたことはありません。

ローカルテリトリー時代のアメリカン・プロレスはこのディテールをきちんとやっていました。この時代のアメリカではプロモーターとエースレスラー兼務というのは一般観客には公表されていなかったのです。

日本ではオーナー兼エースレスラーは普通の感覚ですが、馬場はそこのセオリーはきちんと守っています。

77年12月の世界オープン・タッグ選手権にアメリカで敵対関係にあったブッチャーとザ・シークを「優勝賞金1000万円」という利害一致で合体させ日本に送り込んで来たのはジョージアでブッチャーのマネージャーをしていたJJデュロンことジム・デュランですし、

82年4月、前年全日本に移籍して来たスタン・ハンセンとブルーザー・ブロディを本格的にチームとして稼働させる為にブロディの正パートナーだったジミー・スヌーカとブロディの仲間割れを仕掛けたのもプレーイングマネージャー経験豊富なバック・ロブレイでした。

試合はシンが4分43秒に反則負けとなっています。

この日のメインは馬場がキラー・トーア・カマタに反則勝ちで(60分1本勝負)PWFヘビー級王座防衛に成功しています。

シンは顔見せ的参戦であり、7月6日、秋田県田沢湖町小保内町民センターでヒーナンと組んで鶴田、天龍組と両チームリングアウトで引き分けた試合を最後に帰国しました。

7月13日、北海道・砂川市総合体育館で鶴田はスレーターを2-1で降しUNヘビー級王座3度目の防衛。前年、第8回チャンピオン・カーニバルの優勝を争った両者でしたが2月に交通事故に遭ったスレーターは明らかにコンディション不良で覇気がなく感じられました。

7月17日下妻市立総合体育館では馬場、鶴田組はカマタ、グレート・マーシャルボーグ組を2-0で破りインターナショナル・タッグ王座を防衛しています。

カマタの推薦で初来日したマーシャルボーグは空手を使う巨漢でしたが試合はしょっぱく、動きは鈍かったです。その風貌から2年前の79年2月6日、新日本の大阪府立体育会館で猪木の異種格闘技戦の相手としてとんだ一杯食わせ者的評価を受けたミスターXの正体説が流されました。

私の個人的見解ではXは黒人、マーシャルボーグはポリネシアンで裸の色が異なり別人と思われます。

シリーズ最終戦の7月30日、後楽園ホールでは馬場、鶴田組にスレーター、ロビンソン組が挑戦するインターナショナル・タッグ選手権試合が行われる予定でしたが、スレーターが交通事故での後遺症の為、途中帰国。

ロビンソンのパートナーは宙に浮き、最終戦だけ別の大物外国人を呼ぶか、来日中の外国人の中から誰か選ぶかになりました。

シン登場以外に話題がなかったこのシリーズ、最終戦のタイトル戦中止は避けなければなりません。

ロビンソンのパートナーには3度目の凱旋帰国を果たしたものの依然くすぶっていた天龍が抜擢されました。天龍を使うよう馬場に進言したのはグレート小鹿と言われていますがこれは小鹿から出ている話であり真偽は定かでないです。

この試合試合前に、緊張していた天龍に対しロビンソンは「何でもいいから好きなようにやってみろ」と助言。

天龍は日本ではタブーだった猪木の得意技である延髄斬りを出して観客を大いに沸かせました。

試合は馬場とロビンソンが1本ずつ取り合った後、馬場に場外でのパイルドライバーを返され、その間試合の権利のある鶴田がリングインして王者組がリングアウト勝ちで防衛に成功していますが、吹っ切れた感の天龍の思い切ったファイトに観客は大歓声を送りました。

この日の観客は1500人発表と少なかったですが観客の満足度は高く、天龍の出世試合となりました。

8月9日、北海道・羅臼町民グラウンドで経営不振に陥っていた国際プロレスが最後の興行。15年の歴史に幕を閉じました。

国際プロレスの残党の行く先を巡り、全日本と新日本で熾烈な争いが行われることになります。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年03月12日 12:50
    天龍さんに、延髄を進めたのは、マスクドスーパースターだった逸話もあるそうですよ目
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年03月12日 14:46
    > 皇帝陛下の代理人さん3回目のアメリカ修行ではノースカロライナにいましたから、そこで一緒だったかも知れないですね。 
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年03月12日 23:05
    グレート・マーシャルボーグよりミスターXのが大きい印象があったので、それは違うだろうと思っていましたが、ミスターXは、そこら辺にいたプロレスラーで正体を言われても、誰も知らない様なジョバーだと思いますがどうなんでしょう。
    マーシャルボーグは、『ブッチャーの狂暴さとブロディのパワーを兼ね備えている』とカマタが言っていた様ですがタレック・パスカ(でしたっけ、FMWに来たウイリーの弟子)と大して変わらないと思いますがどうなんでしょう。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年03月12日 23:14
    ハンセンはともかく、シンが全日に行っても当時は特に面白そうな組み合わせもなかったように記憶してます。完全な嫌がらせですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年03月13日 00:19
    > mixiユーザー タレック・パッスカ!懐かしい(^O^)

    ミスターXは正体の予定の人が事件を起こしたか梶原一騎のギャラピンハネに怒ったかで来られなくなり代わりに交渉窓口になっていた全米プロ空手側がそこらへんの素人を急きょ呼んだらしいです。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年03月13日 00:27
    > mixiユーザー 全日本にはシンは9年いましたから、馬場はそれなりに償却したとは思います。第1期新日本時代より長くいたことになります。

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