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mixiユーザー(id:21258650)

2015年11月19日22:51

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新日本プロレス北米選手権考察(37)

80年もNWAとWWFの友好関係は続き、9月22日、ニューヨーク・MSGの定期戦では全日本プロレス参戦から帰国したハーリー・レイスが出場。こちらも新日本プロレスに来日していたWWFヘビー級王者ボブ・バックランドとダブルタイトルマッチを行っています。

試合は35分41秒、レイスがレフェリーに暴行を加えて反則負けとなりベルトの移動はなし。

ブラディ・ファイト・シリーズが終わった後、9月30日には日本武道館でワンナイト興行「ファン感謝スーパー・ファイト」が開催されました。

この大会では北米選手権はシングル、タッグ共タイトル戦の機会はありませんでしたが、坂口が持っているWWF北米ヘビー級王座の進化形であるインターコンチネンタル第2代王者となったケン・パテラが新日本初参戦を果たし猪木のNWFヘビー級王座に挑戦しています。

パテラもNWAとWWFの両方で活躍。4月21日MSGでパット・パターソンを破ってインターコンチネンタル王座を奪取、その4日後の25日、ミズーリ州セントルイスでケビン・フォン・エリックを降してミズーリ州ヘビー級王座を獲得。

セントルイスとニューヨークを往来しながら防衛戦を続け、この時点で2冠王者でした。

つまり、NWAとWWFのNo.2のベルトを同時に持っていたことになります。

試合は猪木が14分53秒に卍固めで勝利し5度目の王座防衛。

レイス戦を終えたばかりのバックランドも来日しスタン・ハンセンの挑戦を受けてWWFヘビー級王座防衛戦を行い16分1秒、フェンスアウトによる反則勝ち。

藤波はロン・スターを18分39秒、珍しい逆エビ固めによるギブアップ勝ちでWWFジュニア・ヘビー級王座を防衛。

スターですが、藤波が2月に獲得したNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座でない方のもう1つのダニー・ホッジ、ケン・マンテル、ヒロ・マツダが巻いたNWA世界ジュニア・ヘビー級王者になっていましたが、素行不良によりベルト剥奪されていました。

藤波にとってはジュニア最強を証明する為には倒さなければならない相手の1人でした。

木村健吾はチャボ・ゲレロと15分6秒に両者リングアウトでNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座を3度目の防衛に成功しましたが内容ではチャボに圧倒されていました。

このようにこの時代はアメリカと日本のプロレスが絶妙にリンクしていた凄い時代だったのです。

10月10日、後楽園ホールから闘魂シリーズが開幕。ポール・オーンドーフの初来日が注目を集めました。

坂口のWWF北米ヘビー級王座の防衛戦は10月24日、沖縄・那覇市奥武山(おうのやま)体育館で因縁深い上田馬之助を挑戦者に行われ、6分49秒、坂口がジャンピング・ニーアタックから体固めで4度目の防衛を果たしています。

この日のメインイベントは猪木の保持していたUWA世界ヘビー級王座に前王者タイガー・ジェット・シンが挑戦。

前年12月、2度に亘るバックランドと猪木のWWFヘビー級選手権試合に乱入しベルト移動に関わる妨害をしたとして新日本プロレスより6か月の出場停止処分を受けていたシンは実は新日本の依頼によりメキシコUWAのリングに登場。

2月17日メキシコシティ・エル・トレオ・デ・クアトロ・カミノスでカネックを破りUWA世界ヘビー級王座を獲得。

4月13日エル・トレオ大会に出場の猪木の挑戦を受ける事が決まりましたがその前の4月3日、蔵前国技館のリングに突然予告なく来日。

私服姿でリングに上がり猪木に「メキシコに来て自分と戦うのはやめておけ、大怪我をする」とわざわざ「警告」しにやって来ました。

猪木とのエル・トレオでのUWA世界戦(時間無制限3本勝負)は1本目、新兵器のコブラシザース(首4の字固め)でシンが先制も2本目は猪木が卍固めで取り3本目は猪木が反則勝ち。

反則でもベルトが移動するルールの為猪木が王座を獲得。

7月17日蔵前国技館で猪木はシンとリターンマッチを行い、12分2秒、コーナーポスト最上段からの鮮やかなミサイルキックからの体固めでシンを返り討ちにして初防衛。

この日が2度目の防衛戦でした。試合は猪木が74年6月26日、大阪府立体育会館での腕折り事件を彷彿とさせる左腕攻撃を見せ、レフェリーの制止を振り切って攻撃し11分46秒に反則負けとなり、ルールによりベルト移動。シンが新王者になっています。

シンがメキシコでUWA世界ヘビー級王座に就いた為、もう1つ保持していたNWA北米ヘビー級王座は防衛戦が全く行われず、坂口との北米王座統一戦は完全に忘れられてしまいました。

那覇大会の前日の23日には新宿・京王プラザホテルにおいて、西側諸国に倣い日本が参加ボイコットしたモスクワ五輪幻のアマレス日本代表、谷津嘉章の新日本プロレス入団会見が行われています。

10月30日、熊本市体育館では坂口、長州組の北米タッグ王座にシン、上田組が挑戦。

1本目は9分17秒にシンが長州をコブラクロー、2本目は3分19秒に日本組の反則勝ち。

3本目は4分15秒、長州が上田からバックドロップで決勝フォールを奪い、2-1で坂口、長州組が10度目の防衛に成功。

同王座の防衛記録では最多だった坂口、S小林組の9回を更新して二桁に乗せました。

元王者で凶悪コンビのシン、上田組を相手に長州が互角の試合を展開し最後は長州が上田から取ったのは高く評価されました。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年11月20日 02:58
    ケン・パテラ、体が硬すぎて猪木さんの卍が締めきらず、一度目なんてロープにピョンピョン逃げちゃったというヒトですよね(苦笑)。

    この時の猪木さんの不快感や、2年後のジェシー・ベンチュラあたりの使えなさがたたって、同タイプのオーンドルフが前田凱旋帰国の売り出しに秒殺相手に使われてしまった感もあります。ちょっとうがちすぎかもしれませんが(^^;)。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年11月20日 07:59
    > mixiユーザー 卍固めはかけられた側に腰高になられると非常に見映えが悪くなる技で、バックランド、ハンセン戦などでもそういうシーンが見られて当時は卍の神通力がなくなった、とショックを受けました。

    ベンチュラはグラハムタイプかと思いますが76年9月10日、品川で猪木がグラハムにかけた卍は足のフック、右腕のポジションとも完璧で下になったグラハムの筋肉美もあり個人的にはベストショットだったと思います。

    ともあれ、80年代初頭辺りから筋肉計=身体硬い、動きがしょっぱいは定説になりました。

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