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mixiユーザー(id:21258650)

2015年11月07日21:54

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新日本プロレス北米選手権考察(31)

新日本プロレス79年闘魂シリーズ最終戦は12月6日、蔵前国技館で行われ新WWFヘビー級王者猪木にボブ・バックランドが挑戦したリターンマッチが行われました。

試合は再びタイガー・ジェット・シンがリングサイドに出現し、徳島の時よりもリングに近づいて来ました。

またもシンに気を取られた猪木がリング下まで行くとバックランドは戻って来た猪木をアトミックドロップの要領で持ち上げて股間をトップロープに打ち付けました。

明らかな反則行為ですがレフェリーのミスター高橋はフォールの体勢に入ったバックランドにカウント3を入れて勝利を宣告。ベルト移動と思われました。

しかし、血相を変えてリングに上がって来た新間寿WWF会長がバックランドのフォールは反則に付、無効であるとアピール。27分19秒ノーコンテストとなりベルトの移動はないことに。

猪木はこれを潔しとせず王座返上をしています。

74年12月に馬場が初めてNWA世界ヘビー級王座をジャック・ブリスコから奪った時、猪木と新間は「馬場は1週間ベルトをレンタルしただけ」と馬場をレンタルチャンプと揶揄しました。

猪木も同じじゃあないか、と馬場と全日本プロレスとそのファンに言われるのを警戒した新間があのような判断をしたかと思われますが、実際は見ているファンの方が、アメリカのベルトは「返すもの」という暗黙のルールはとっくに承知した上で馬場、猪木がベルトを巻いた姿を喜んで見ていたのが本当のところで、ここは下手な小細工はせずバックランドの反則行為による猪木のフォール負けで良かったと考えます。

さて、WWF北米ヘビー級王者坂口とNWA北米ヘビー級王者シンの一戦はノンタイトル戦としてセミファイナルで行われましたが、当日になってチェーンデスマッチは中止、という発表が為され、通常ルールの時間無制限1本勝負として行われることになりました。

それなら王座統一戦をやっても良かったのでは?と思われましたが試合はシンがチェーンを持ち出して坂口の首を絞め、7分2秒ノーコンテストに終わっています。

蔵前大会はセミ、メイン共にスッキリしない結末となりました。

新間は12月17日、ニューヨークMSGの定期戦で猪木とバックランドの王座決定戦を行いたいとアピールしましたが、MSGではバックランドはボビー・ダンカンとの再戦(11月19日に同所で対戦)が既に発表されており、ビンス・マクマホン・シニアがカードを変更するとは思えず、バックランドとダンカンがMSGで王座決定戦を行う、と発表されました。

シンは2度に亘るバックランドvs猪木戦の乱入に対するペナルティとして半年間日本での試合出場停止処分が下されています。

この「処分」の内容の実態は新日本の依頼によるメキシコ遠征であったことが後に判明しますが結果的にシンのメキシコ行きが北米ヘビー級王座統一戦の機会を失った原因と言えるでしょう。

シリーズ終了後の12月13日には京都府立体育館で猪木にカナダの現職警官で空手家のキム・クロケードが挑戦したWWF格闘技世界ヘビー級選手権試合が行われ3回58秒猪木が延髄斬りからKO勝ち。

クロケードはカルガリーでカラテ・キッドのリングネームで試合をしていたプロレスラーであり、76年1月には国際プロレスに来日が発表されていながら交通事故でキャンセルとなっていました。延髄斬りを食った時に綺麗な受け身を取っていました。

藤波は木村健吾を破りWWFジュニア・ヘビー級王座を防衛し坂口はウィリエム・ルスカと柔道ジャケットマッチを行い3分5R引き分けとなりました。

国内の日程を終えると猪木、坂口、藤波、長州はニューヨーク遠征に出発。12月17日MSGのWWF定期戦に出場しています。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年11月07日 22:30
    アメリカのベルトは返すものだったんですねあせあせ(飛び散る汗)鶴田のAWAは割りと長く保持してたような気がしますが…
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年11月07日 22:54
    > mixiユーザー 鶴田は3か月ベルトを保持しました。この時はビンス・マクマホンがハルク・ホーガンを使って全米制圧を実行しようとしていた時期で、馬場がNWAとAWAを繋ぐパイプ役を果たしていたのも影響したかと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年11月08日 22:29
    横入り失礼します。鶴田のAWA3か月保持は、ちょうどニックからリックマーテルへの政権移譲時期に当たってたってことも大きかったかと。鶴田がベルト奪取した直後に、AWAマットでベビーフェイスの面々がニックがベルト失って帰ってきたことをつるし上げる場面がテレビ放送された、てのが当時の週刊ファイトに載ってたような。鶴田がある程度ベルト保持してくれていた方が、ニックの責任が大きくなり、必然的にマーテルのベルト奪取に期待が集まる、てのがあったんでしょうね(^^)。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年11月09日 08:11
    > mixiユーザー 確かに仰る通りかと思います。鶴田のAWA世界王者としての北米サーキットの挑戦者を見ると前王者ニック以外はブラックジャック・ランザ、バロン・フォン・ラシク、ビル・ロビンソンとかロートル組と万年関脇のジム・ブランゼル位ですね。マーテルへ移行する迄のショートリリーフ王者ですね。

mixiユーザー

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