mixiユーザー(id:21258650)

2015年06月10日23:34

1002 view

猪木とビンス(292)

83年10月14日、大阪・臨海スポーツセンターでのテレビ生中継はメインの正規軍と維新軍の6人タッグマッチ。

谷津嘉章が長州、浜口と組んでメイン出場、猪木、藤波、木村健吾組と対戦し長州がリキラリアットで木村健を体固めに降しています。

セミでは地元大阪の前田が因縁のポール・オーンドーフと一騎打ちを行い、エプロンカウントアウトによる勝利を飾りました。

10月21日は沖縄・那覇市奥武山体育館でのテレビ生中継。

メインは猪木がビッグ・ジョン・スタッドとのシングル戦。試合は7分40秒に猪木が延髄斬りから体固め。

WWFではトップヒールのスタッドでしたが、スピードには欠け殴る、蹴るの大味で単調な試合ぶりでした。

セミファイナルでは藤波と浜口のシングル戦が実現。この時点では浜口はまだ維新軍のナンバー2に位置していました。

浜口と谷津の「番付」が入れ替わったのはジャパン・プロレスになってからの話です。

試合は浜口のセコンドである維新軍のアシストもあり、浜口が藤波をリングアウト勝ちを収めています。

長州、谷津組は前田、木村健吾組と対戦、フェンスアウトルールにより木村健が谷津から反則勝ちを拾いました。

シリーズ最終戦となる11月3日、蔵前国技館では正規軍と維新軍による4対4のシングルマッチが発表されていましたが、

それに加えてカナダで活躍していたザ・コブラが凱旋帰国、謎のマスクマン、ザ・バンピートとタイガーマスクが返上したNWA世界ジュニア・ヘビー級王座決定戦を行う、と発表されました。

既に書いてある通りコブラはメキシコからカナダに転戦したジョージ高野の変身でした。

10月26日、成田空港に到着したコブラをテレ朝のカメラが追って、インタビューを敢行しましたが、コブラはスペイン語で謎のコメントを発しました。

この映像は10月28日のワールドプロレスリングの中で放送されています。

相手のバンピートについては全くの謎で新日本プロレスからオフィシャルなプロフィールの発表はありませんでした。

10月28日は古川市総合体育館からの生中継。

白熱する軍団抗争は活況を呈しメインは猪木、前田組vs浜口、キラー・カーン組で猪木とカーンが両者フェンスアウトの引き分け。

藤波、木戸修組が長州、谷津組と対戦し、谷津がスクープサーモンで実力者・木戸から3カウントを奪っています。

今回、ジュニアの正規軍の位置付けだったグラン浜田は星野勘太郎と組んで小林邦昭、寺西勇組と対戦していますが両チームフェンスアウトの引き分けとなりました。
11 4

コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年06月11日 01:20
    この頃から暫く新日信者の私は妙な感覚の日々が続きました。
    維新軍(特に浜口)が好きだったのですが、強豪外人が来るときは「世界一強い」アントニオ猪木を応援するという…
    メキシコの人がエルトレオでのUWA戦の時にカネックを応援する感覚がこれだったと思いますね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年06月11日 11:33
    ポールオンドーフとスタッドはあの時の新日に来日したのは不運でしたね。全然いい印象がありませんでしたね。
    身体もデカイしルックスも良かったので期待してましたが。
    スタッドの卍固めも受けられない身体の固さは気の毒でした。
    全日だったら居場所があったかも。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年06月11日 12:20
    > mixiユーザー 浜口の維新軍での仕事っぷりは良かったですね。長州を巧みにリードして試合を作っていました。世界一強いアントニオ猪木ののぼりを作っていた飯塚開郵社の飯塚社長はハイセルにいくら出資させられたかが気になります。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年06月11日 12:24
    > mixiユーザー アメリカではいい評価だったし稼ぎのいい選手だったんでしょう。

    この当時のWWFのビッグネームは大味で雑なレスラーが多かったです。

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する