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日記一覧

左足大腿骨亀裂骨折の重傷を負い長期欠場となった馬場不在で91年の全日本プロレスはスタート。53歳という年齢から再起不能説も強く出ましたが、6月1日、日本武道館で馬場は153日ぶりに復帰。ラッシャー木村、渕正信と組んでアブドーラ・ザ・ブッチャー&ジ

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平成に入って最初の全日本プロレス「チャンピオン・カーニバル」89年4月4日、横浜文化体育館(テレビ収録、観衆4,250人発表)大会。メインイベントは鶴田&谷津嘉章組の五輪コンビが保持する世界タッグ王座に天龍&スタン・ハンセンの「龍艦砲」が挑戦。前88

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長州力がジャパンプロレスを離れ、全日本プロレスに残ったのは谷津嘉章、寺西勇、永源遙、栗栖正伸、仲野信市の5選手となりました。長州らが抜けてからの最初の全日本プロレス横浜文化体育館大会は「チャンピオン・カーニバル」最終戦の4月24日(テレビ収録

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85年4月24日、「激烈!スーパー・パワー・ウォーズ」横浜文化体育館(テレビ収録、観衆4,400人発表)大会では鶴田がリック・フレアーの保持するNWA世界ヘビー級王座に挑戦。私はこの興行は生観戦しています。前日の4月23日には相模原市立総合体育館でジャ

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84年は全日本プロレス初の横浜文化体育館大会年3回開催となりました。4月25日の「グランド・チャンピオン・カーニバルPART機弉I擁限(テレビ収録、観衆5,100人満員発表)大会では新設されたPWF世界タッグ王座決定リーグ戦の優勝戦が行われました。

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前回書きました81年5月のアブドーラ・ザ・ブッチャーの新日本プロレス移籍に端を発した全日本プロレスと新日本プロレスの引き抜き抗争は、タイガー戸口、ディック・マードックが新日本へ。タイガー・ジェット・シン、上田馬之助、またチャボ・ゲレロが新日本

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80年全日本プロレス「ジャイアント・シリーズ」、11月1日、横浜文化体育館大会はメインイベントにテリー・ファンクがアブドーラ・ザ・ブッチャーに挑戦するUNヘビー級選手権試合が開催され、横浜文体新記録となる7,500人超満員札止めの観客を動員(テレビ収

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76年6月15日、全日本プロレス「NWAチャンピオン・シリーズ」横浜文化体育館(テレビ収録、観衆2,500人発表)大会。メインイベントは鶴田と「欧州の帝王」ホースト・ホフマンとのシングルマッチ(60分3本勝負)。この年3月に「試練の十番勝負」をスタートさ

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今年20年10月で旗揚げ満48年を迎える全日本プロレス、オーナーや運営会社が代わり馬場の「王道」は現在の全日本には残っていないと言っても過言ではありませんが「生き証人」として渕正信、和田京平名誉レフェリーがおり、威厳を保っていてくれています。全日

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90年代に入ってからの新日本プロレスは坂口征二社長の政策から地方巡業を減らし、大都市のビッグマッチ中心の興行形態にシフトチェンジ。92年からは毎年1月4日に東京ドーム大会を開催していきます。横浜における興行も、90年9月30日、猪木のデビュー30周年

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平成に入って初の新日本プロレス横浜文化体育館大会は89年3月16日「ビッグ・ファイト・シリーズ」最終戦。猪木は前88年、ソ連ヘ飛びロシア人レスラー「レッドブル軍団」と契約。起爆剤とでも言うべき東京ドームへの初進出を4月24日に行うと発表。3月4日か

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88年4月22日、新日本プロレス沖縄・那覇市奥武山体育館大会試合後の控室。ビッグバン・ベイダーの攻撃を受けてダメージの残る猪木に藤波が決起。この「スーパー・ファイト・シリーズ」では4月27日、大阪府立体育会館(ノンタイトル)、5月7日、プロレスこけ

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86年に入ると新日本プロレスのリングには84年に相次いで新日本を退団した前田日明、藤原喜明、木戸修、高田伸彦、山崎一夫らUWF戦士が「業務提携」の名目のもと復帰。しかし観客動員、テレビ視聴率とも伸びず。9月19日、福岡スポーツセンターからの生中継

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「新日本プロレスの横浜文化体育館は客が入らない」との定評が80年には大きく変わりました。この年、新日本プロレスは8月15日に港区南青山の事務所で新間寿営業本部長が会見を行い、年末に「MSGタッグ・リーグ戦」を開催することを発表。全日本プロレスの

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今年20年3月で旗揚げ48周年を迎えた現存する日本最古の老舗プロレス団体、新日本プロレスの横浜文化体育館での興行初開催は、旗揚げ2年目の73年2月20日、「新春バッファロー・シリーズ」でした。近郊の川崎市体育館が旗揚げして間もなくから使用されていた

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国際プロレスの15年の歴史の中で負のエポックメイキングな出来事と言えば、74年2月に起きた団体のエースでIWA世界ヘビー級の現役王者だったストロング小林の退団。小林は猪木に挑戦して敗れ「国際は新日本より弱い」というイメージを世間に植え付けてしま

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66年、前65年末に力道山死後、日本プロレスの社長となった豊登が、会社の金を使い込んだとして社長の座を解任され、ハワイに飛んで第8回ワールド・リーグ戦に凱旋帰国予定だった猪木を口説き落とし、エースに据えて東京プロレスを設立。10月12日、蔵前国技館

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今年20年9月6日を以て、神奈川県横浜のプロレスの聖地とし数多くの名勝負、名興行を生み出した横浜文化体育館が58年の歴史に幕を閉じました。そこで今回より、横浜文化体育館の功績を讃え、長い間ありがとう、という意を込めて短期集中連載として「ありがと

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「エキサイティング・ウォーズ86」、日本武道館大会は最終戦ではなく、翌3月14日、南足柄市総合体育館(観衆2,400人発表)が最終戦となりました。メインイベントは馬場&鶴田&天龍組の全日本ビッグ3が今シリーズ5度目のトリオを結成、ハーリー・レイス&ザ

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「エキサイティング・ウォーズ86」第16戦、3月13日、日本武道館大会、全日本プロレスvsジャパンプロレス6対6シングルマッチ全面対抗戦。対抗戦第5試合、セミファイナルは全日本、タイガーマスクとジャパンの総大将、長州力の初のシングルマッチ。タイガー

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「エキサイティング・ウォーズ86」第16戦、3月13日、日本武道館大会、全日本プロレスvsジャパンプロレス6対6シングルマッチ全面対抗戦第4試合、いよいよ鶴田登場、ジャパンの闘将アニマル浜口との一騎討ち。先に浜口が入場、闘志を溢れされています。続い

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「エキサイティング・ウォーズ86」第16戦、3月13日、日本武道館(テレビ収録、観衆12,500人満員発表)大会。全日本プロレスとジャパンプロレスの団体の威信を賭けた6対6のシングルマッチによる全面対抗戦とあって、前85年12月12日、「世界最強タッグ決定リー

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「エキサイティング・ウォーズ86」第15戦、3月12日、福島・坂下町体育館(観衆1,800人満員発表)大会。翌日の日本武道館大会での全日本対ジャパン6対6全面対抗戦を前に、武道館で対戦する6選手が6人タッグマッチで前哨戦で対戦。鶴田&天龍&タイガーマス

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「エキサイティング・ウォーズ86」第13戦、3月10日、仙台・宮城県スポーツセンター(テレビ収録、観衆3,100人発表)大会。全日本&ジャパン連合軍としては85年11月1日、ジャパンプロレス主催「ニューウェーブ・イン・ジャパン」以来4か月ぶりの仙台大会。こ

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「エキサイティング・ウォーズ86」後半戦となる第11戦は3月7日、静岡・浜北市(現在の浜松市浜北区)体育館(観衆2,600人満員発表)大会。メインイベントは馬場&天龍&大熊元司組とハーリー・レイス&テリー・ゴディ&ザ・グレート・カブキ組が対戦。共闘戦線

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「エキサイティング・ウォーズ86」第8戦、中盤戦最大のヤマ場、3月4日、大阪城ホール(テレビ収録、観衆8,800人発表)大会。満員マークはつかず。16,000人収容の会場に半数に近い発表は厳しいものがありました。メインイベントは全日本対ジャパンタッグ頂上

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「エキサイティング・ウォーズ86」第7戦、3月2日、岩手・陸前高田市民体育館(観衆3,100人超満員発表)大会。メインイベントは久しぶりに馬場&鶴田&天龍組の全日本プロレス最強トリオが実現、ハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&ワンマン・

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「エキサイティング・ウォーズ86」第6戦、3月1日、秋田県立体育館(テレビ生中継、観衆3,600人発表大会)。秋田では市立体育館(約4,000人収容)と県立体育館(約8,000収容)の両方が主に使われて来ましたが、今回はテレビ生中継とあってキャパの大きい県立体育

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「エキサイティング・ウォーズ86」第3戦、2月25日、大田区体育館(観衆2,720人発表)大会。私事ですが、私は大学を卒業しこの年の4月から社会人生活をスタートさせることになっており、入社前の宿泊集合研修が3月10日〜14日迄、研修所にて行われる為、参加

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「エキサイティング・ウォーズ86」第2戦、2月23日、茨城・常陸太田市民体育館(観衆2,200人満員発表)大会。メインイベントはジャパン軍団が外国人チームと対戦。長州力&谷津嘉章&寺西勇組とハーリー・レイス&クラッシャー・ブラックウェル&ワンマン・ギ

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