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mixiユーザー(id:2118534)

2019年07月19日23:23

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「統失患者を社会から排除しろ!」→社会が統合失調症に

当然だが犯罪率てのは精神障害者よりも健常者の方が圧倒的に高い。精神障害が原因となる犯罪発生率は非常に低いので、ネットで最近増えて来た優生保護法的な発想で我々のお税金を使って障害者やそ遺伝子を社会から排除するとすれば、増税不可避な上に大変な無駄遣いになることは言うまでもない。
さらに、精神障害は必ずしも遺伝が原因ではなく、未だに発生原因が分からない病気も多い。統合失調症もそういう病気の一つである。「自分の思考が盗聴され、外部に筒抜けになっている」「自分の思考や私生活が勝手に映画化されている」という妄想を抱く人も多い。
京アニの某作品には脳の機能を模した「情報統合思念体」という概念が登場するが、まさに統合失調症は情報統合とそれに基づく思念が不調になる症状を来たすことがある。

(意識の統合情報理論:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%8F%E8%AD%98%E3%81%AE%E7%B5%B1%E5%90%88%E6%83%85%E5%A0%B1%E7%90%86%E8%AB%96

「自分にとって都合の悪いものは社会から排除ししたい=自分にとって都合のいいものだけが存在する社会を創りたい(自分にとって都合の良いものは社会にとっても好都合で、自分にとって都合が悪いものは社会にとっても不都合であるべきだ)」とする大衆心理は、それ自体が社会を統合失調症にさせてしまう。
「自分にとって好都合・不都合」が他人にとっても同一とは限らないから、社会(パブリック)に自分の基準を押し付ければ社会を私物化(プライベート化)してしまうことになる。そこで他との対立や紛糾が発生する(分断統治にはうってつけかw)。
古今東西の独裁者達はその対立や紛糾の相手を排除・粛清して社会の私物化に成功した人々でもある。社会を私物化し自我の延長にした彼らの住む世界には「他人(自分と異なる者)」が存在しない。だから独裁者はいつだって独りぼっちだ。

パブリックをプライベート化しようとしてしまったやまゆり園事件の犯人を含め、障害者排除論を崇拝する人達は、自分が障害者(排除されるべき側)になった時のことを考えてみたことがあるだろうか?
パブリックをプライベート化したい人々の心理の背後には、孤独が潜んでいるのかもしれない。

京アニ放火「小説盗んだから」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5712490

障害者にも犯罪の被害者にも、等しく救いの手が差し伸べられる社会であればと思う。

既に犯人の家族親戚の個人情報や家族親戚と偽って無関係な他人(個人的に気に入らない相手)の個人情報がネットに晒される危険が出ている。
やっていることが正義の皮を被ったいじめっ子の憂さ晴らしと何も変わらない。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月20日 02:35
    精神的疾病の概念が時代と共に拡大していく。私が少年時代には使われなかった病名が数多あり、その診断や判定方法も国や地域、或いは医師によっても結構な差がある。「総合失調症」に限らず、殺人を犯す行為そのものが、謂わば「病的」な極度の怒りや、恐怖からの逃避、或いは物欲に支配され、嫉妬に狂った、等の状態で起きる場合が多い。さて、ではどの程度から、刑事事件の責任回避が出来るのかと言う判断が難しい。先進国ほど、罪科に為らない場合が多いが、「ハンニバル・レクター教授」は犯罪者では無いのかな。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月20日 12:51
    >ボスさん
    統失は一時的に理性を失っただけの健常者とは脳の状態が全く違うようで、責任能力の有無は専門家が厳正に鑑定していると思います。
    当然ながら詐病で責任回避が出来てしまうことがあってはいけないです。
    レクター教授はいわゆるサイコパスという設定なので法的には責任能力があります。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月20日 13:56
    > mixiユーザー 
    精神病なら必ず無罪になるわけではなく、刑事責任能力は専門家が厳正に鑑定すると思います。
    レクター博士は精神病ではなくサイコパス(反社会性パーソナリティ障害)の
    設定なので日本の法律では責任能力があります。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月20日 14:22
    > mixiユーザー 医師に依っても米国等でも評価・判定に差があります。日本は精神的疾病の専門家や、養成についても欧米と較べ立ち遅れが目立ちます。我が国ではサイコパスも「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」第5条に、「この法律で『精神障害者』とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう」と定義され、精神障害者に該当しています。ただ現実には、時代相応の医学的な診断結果に基づいて判断されている事になっています。
    従って医師の判断が決定的に作用するのですが、その判断過程が問題があると常々思っています。
    世論や組織。権威に阿って判断を誤る場合も多いのでは?と言う一面と、それとは真逆に時間を掛けて容疑者に接する事での医師の情緒的なミスも起こり得るでしょう。30年前「死刑」となった殺人者であっても。今なら「無罪」の場合が多いのが、果たして正しいのか間違えているのか?線を引く事の難しさを感じますね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年07月20日 16:43
    > mixiユーザー 
    精神障害には、いわゆる「精神病」と「神経症」に大別されます。刑事責任能力がないとされる犯人の多くは精神病に該当することが多いです。サイコパスなどのいわゆる人格障害は精神病と神経症の中間的なものとされていて、人格障害だけを理由に犯人が無罪になることはないようです。
    精神医学も日々進歩はしているのでその都度判断基準や判決その他色んなところが変化するでしょうね。進歩の結果で変化する自体は悪い事ではないと個人的には思いますが、日本が精神医学の分野で遅れていることは確かで、未だにカウンセリングに保険が降りず、患者が薬漬けにされやすい所もその一つです。カウンセリングによって重症化を防いだり、一人で悩んで思い余った行動に走ること防げる事例もあるのに・・・

    精神科による刑事責任の鑑定は、医学の進歩によって「前例」が参考に出来なくなってしまうことはかなりあるかもしれません。刑事責任能力鑑定については判断能力や判断技術の水準向上が重要なのは言うまでもないです。その時なしうるベストを尽くすしかないわけですが、利害関係のない複数の医師が精神鑑定を行って、よく協議して偏りのない判断が下されて欲しいです。

    被害者やその家族達は、判決の確定を待つまでもなく救いの手が差し伸べられて欲しいと思います。判決だけが心の救いになるのは残酷です。
    彼らにこそカウンセリングが効果を持つのではないかと思います。

mixiユーザー

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