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2019年04月21日12:17

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問答無用幻想小説スレイヤーズ えくすとらみっしょん(その1)

 北海に隠された神代の島。
 最古の魔術棟・彷徨海バルトアンデルス。
 その一角を間借りして作られた新たな拠点ノウム・カルデアに突如警戒音が鳴り響いた。
「どうしたんですか!?」
 自室で待機していたカルデアのマスター・藤丸立香が管制室に飛び込むとそこには見たことのない金髪の少女の姿があった。年の頃なら十七、八歳。柔らかな光を放つかのような腰まで届いた金の髪は先端を青いリボンでまとめられ、白地に金糸で細やかな刺繍を施した法衣を元にした動きやすい服でややスレンダーな身体を包み、その手足はすらりと伸び、白魚のような指で死んだ魚のような目をしたゴルドルフ新所長の襟首を掴んで引きずっていた。
「ど、どーしたんですか? 本当に……」
 あまりの光景にツッコミどころを見失った立香は頬を引きつらせ再度尋ねた。
 それに反応して金髪の少女は立香へ視線を向ける。美しいと表現して差し支えない容貌だが、その目は険しく、ゴルドルフ新所長から手を離すと、無言のままつかつかと足音を立てて立香に近寄った。
「な、なに、かな?」
 逆らうことの出来ない雰囲気に飲まれる立香の首元に少女は顔を近付け、匂いを嗅ぎ取るようにすんすんと鼻を鳴らした。
「……あの子の残り香……あんたがそうなのね……」
「え? な、なに? とゆーか近い近い!」
 最接近したまま涼やかな声でささやく少女に、立香は頬を赤く染める。
「……う、うぅ……はっ! お、おのれ!
 ええい! 藤丸! なにをぼーっとしている!
 すぐさま離れんかぁ!」
 正気に戻ったゴルドルフ新所長は、立香に向かって声を上げ、魔術で鉄に変成した腕で少女に殴りかかる。
 しかし、少女は振り向きもせずにゴルドルフの鉄腕を片手で受け止めてしまった。
「おのれ! 離せ!
 藤丸はとっととそこから離れろ!」
「は、はい!」
 手を捕まれ身動きの取れないゴルドルフに再度叱責され、立香は慌てて少女から身を離した。
「あっ、ダメ! 待って!」
「追わせるか! 鉄腕ゴッフパンチ!」
 離れようとする立香を追い、少女の気がそれた隙をついて、ゴルドルフは必殺のパンチを繰り出した。
 今度は受ける気はないのか少女が身をかわすと、なぜか足を止めていた立香にぶつかり、彼を巻き込んで倒れてしまった。
「すみません! 遅れまし……せ、先輩?」
 少女に押し倒され、床ドンのような体勢になってしまった立香を目の当たりにし硬直するマシュの後ろからひょこっとリナが顔を出した。
「あーらら、これはまた……お邪魔だったかしら?」
「り、リナさん! マシュ! 違うからね! これはたまたまぶつかって……」
 いたずらっぽい視線を向けるリナに、立香は慌てた様子で説明する。
「なにをしている! マシュ・キリエライト! リナ=インバース! さっさとその小娘を取り押さえんか!」
「は、はい! マシュ・キリエライト、マスターを救出します!」
「しょーがないわねー……立香、ちょぉーっと痛いけど我慢してね」
と言って大盾を出現させ身構えるマシュの隣でリナは呪文を唱え始める。
「ちょっ、待っ……リナさん! まさか俺ごと……!?」
「死にゃあしないわよ! ー爆炎舞ォ!ー」
 リナの『力ある言葉』に応え、複数の小型火球が打ち出された。
「うわぁぁぁっ!」
 頭を抱えて身を伏せる立香だったが、少女はすっと立ち上がると拳を一閃させ、その風圧でリナの放った火球を掻き消した。
「!? マシュ、気をつけて……あいつ、ただもんじゃないわよ」
「は、はい、リナさん!」
 数々の修羅場をくぐり抜けてきたリナの緊張をはらんだ声に、マシュは少女への警戒を強める。
 しかし、少女は二人の警戒を意に介さず、人差し指でリナを指差し、
「いた。もうひとり……あんたがリナ=インバースね」
と呟いた。
「り、リナさん……お知り合いの方ですか?」
「いいえ……知り合いっていってもこっちの世界にあたしを知ってるのがいるはずないけど……でも『もうひとり』って言ってたわよね。
 あたしと立香で共通してることといえば……あんた、まさか……」
 マシュの問いに考えを巡らせ、あることに思い当たったリナに、少女は静かにうなずいた。
「やっぱり……あんた、あのとき立香に憑依してた根暗ドM英霊の関係者ね!」
「「「はあっ!?」」」
 身も蓋もない表現をするリナに、立香、マシュ、ゴルドルフが思わず声を上げる。
「……ね、根が暗く、ドM……つまり真性のマゾヒストというのは、私の持つ英霊のイメージとはかけ離れてる気がするのですが……しかもそれが先輩に……?」
「そ、そーだよ、リナさん! ひょ、憑依って、俺そんなこと身に覚え無いんだけど!?」
「そんなことよりもだ、リナ=インバース! 言葉を選んで表現せんか! み、見ろ、あまりの言われように怒りでぷるぷる震えて……」
「くっ……なんて的確な表現なのかしら」
「「「否定しないの!?」」」
 悔しそうに呟く少女に、三人は再度声を揃えてツッコむのであった。

「あのとき、そんなことが起こってたんだ」
「生贄の英霊……ネガティブでマゾヒストなのもうなずけます」
「ふんっ、バカらしい。宇宙創世の犠牲だと? そんなのものが居てたまるか」
 リナから説明を受け、立香とマシュは記憶の欠落に驚きつつもなるほどと納得し、ゴルドルフはありえないと一笑する。
「ゴルドルフのおっちゃん、あたしたちが助けてもらったことは事実だし、あの記録に一切の嘘偽りはないわ。
 それとマシュ……あんた、けっこー失礼なこと言ってるの、分かってないでしょ?」
「あ! そ、その……すみません」
「いいわ。ホントのことだし。それより、こちらこそ突然やってきた上に騒がせてゴメンなさい」
 管制室に急遽用意された丸テーブルに着き、パイプ椅子に腰をかけた金髪の少女が深々と頭を下げる。
 その正面にはマシュ、左右の席にはリナと立香が座り、ゴルドルフはというとマシュの後ろの少し離れた位置で青い顔して立っていた。
「あ、あのゴルドルフ新所長、ゲストの正面という席にはやはり責任者が座るべきだと思うのですが……」
「よ、余計なことは言わんでよろしい! 私は、ほら、責任者として大局を見なければならないのだよ、きみぃ」
「まー、弱腰なおっちゃんは置いといて、まずはあなたの名前から聞かせてもらえる?」
「名前? そうか……名前……名前、か……」
 話を切り出すリナに少女は困った表情を浮かべる。
「なによ? 名乗れない事情でもあるってわけ?」
「いえ、そういうわけじゃ……そうね。とりあえず司(つかさ)って呼んでもらえるかしら?」
「OK、司ね。
 で? なんの用でここに来たのかしら?
 ご丁寧に、ホームズやダ・ヴィンチちゃん、シオンまで一時的に排除してるんだからよっぽどのことよね?」
「なんだって!?」
「本当なんですか、リナさん! あの三人がそう易々排除できるとはとても……」
「いや、事実だ」
 マシュの問いに答えたのはゴルドルフだった。
「この小娘は、どこからともなく現れ、私がアトラス院の娘を逃がした隙に経営顧問とダ・ヴィンチを行動不能にしおったのだ」
「シオンさんは無事……でもおふたりは……」
「一時的な処置よ。霊基ってのには影響はないわ。行動不能にしたのもこのクラスで現界したおかげで付与されたスキルによるものだし」
「クラス……スキルって、君はサーヴァントなのか?」
 驚く立香に、金髪の少女ー司はこくりとうなずいた。
「そう。あたしはサーヴァントというシステムのルーラーという枠で現界したの。藤丸立香とリナ=インバースとあの子が結んだ縁をたどってね」
「なるほど……ルーラークラスのスキル・神明裁決による令呪の使用で二人の動きを封じたってわけね」
「申し訳ないとは思うけど、あたしの現界は酷くあやふやなものなの。あの二人の天才に存在の矛盾点を突かれたら消えてしまうほどにね。
 それで、あたしの用なんだけど……」
 リナの見解を肯定し、司は本題を切り出した。
「あたしの世界ー異聞帯に来てもらいたいの」
 異聞帯ーロスト・ベルトとは、過った選択、過った繁栄による敗者の歴史。歴史の残滓。“不要なもの”として中断され、並行世界論にすら切り捨てられた“行き止まりの人類史”。異なる歴史を歩んできた人類の年表。一時の点ではなく、帯として現在まで続いたもの。
「つまりあんたは、この世界の人類史ではなく、別の繁栄を遂げた世界から来たってわけ?」
「ええ、そうよ。クリプターってのが異聞帯を作った影響で本来は現代まで存続することのなかったあたしたちの世界が現代まで続いてしまったの。それでもあんたたちの人類史に影響を及ぼすものでもない極わずかな歪みに過ぎないものなのだけど」
「ふむ……つまりこのまま放置しても、こちらにはなーんにも問題ないってことね」
「リナさん、そんな言い方しなくても……」
「いいや。リナ=インバースの言うとおりだぞ、藤丸立香。関わらなくていいことであるなら関わらんほうがいい。第一、こちらには人員を割けるだけの余裕がないのだぞ」
 身も蓋もないリナの意見に眉をしかめた立香だったが、ゴルドルフは逆にうんうんとうなずいた。
「それでも俺たちを頼ってくるほど、この人は困ってるんじゃないですか。だったら、話ぐらいは聴くべきなんだと俺は思います」
「そうです! リナさん、わざわざ危険を冒してここまで来られたんですから、せめて話だけでも……」
「あんたたち、今まで話だけ聴いてほっぽり出したことないじゃない。なに? てことは話聴いて手助けするつもりなわけね? よっぽど無茶なことでもない限り」
 呆れ顔のリナに言われても立香とマシュは真摯な顔でリナを見つめた。
「わかったわよ。話を聴こうじゃない」
「お、おい! リナ=インバース! 勝手な真似をするな! 判断を下すのは私だぞ! これ以上このような無駄なことに関わることは許さん!」
「落ち着いて、おっちゃん。いくら反対してもこのふたりは手助けをするわ。それこそ命令違反してでもね。だったら、責任者であるおっちゃんがちゃんと話を聴いて最善策を考えたほうが効率的よ。それに無駄っていうけど、無駄なことをいっぱいしてる人は輝いてるっていうわよ? あと、自信はクリアしたあとからついてくる、とかね?」
「つまり貴様はこの案件を経験させることが藤丸立香とマシュ・キリエライトにとって何かしらの糧となると言いたいのだな、リナ=インバース。しかしだな、行かなくてもいい上に、命の危険がある場所へ行かせるわけには……」
「それについては、あたしが責任を持つわ」
 ごねるゴルドルフに、司ははっきりと断言した。
「絶対に藤丸立香とマシュ・キリエライト、そしてリナ=インバースを危険な目に遭わせはしないとここに誓うわ」
「ってことみたいだけど、どーする、おっちゃん?」
「……ええい。さっさと話をせんか。聴いてから判断を下してやる」
 苦虫を噛み潰したような顔で、ゴルドルフは新たに用意したパイプ椅子に座り、テーブルについた。
「ありがとう。
 それじゃあ、まずあたしの世界の成り立ちから話すわ」
 深く一礼をし、司は語りだした。
「原初、世界には一柱の女神がいたの。女神は孤独による寂しさから世界を創ろうとしたんだけど何度も失敗を繰り返したのよ。そこで女神は世界を創るのに不要なものを削ぎ落とし、純粋な力を生み出して、その力に世界を創らせたの。力によって世界は創られ、様々な存在が生まれ、育まれ、世界は繁栄していった。けれど、削ぎ落とされた不要なものは消えずに寄り集まってひとつになり、世界の裏側で存在し続けていたの」
「まさか……その不要なものっていうのが俺に憑依した……」
「そう。最初の犠牲者。あんたたちの言葉を借りれば、生贄の英霊ってのになるのかしらね」
「世界を創るため、不要なものとして削ぎ落とされた……まさに宇宙創世の犠牲と言っても過言ではないと思います」
「そうね、マシュ。それで? そいつを犠牲にしてあんたたちの世界は繁栄して、めでたしめでたしってことなんじゃないの? それとも、そいつが自分を棄てたあんたたちを恨んで襲いかかりでもしたのかしら?」
 沈痛な面持ちのマシュの横で、リナが険のある声で尋ねた。
「いいえ。それはなかった……耐えられなかったのは世界のほう……」
「世界が? それってどういうことなんだ?」
「ふんっ。大方、繁栄したはいいが飽和状態となり自滅していったというところか」
 憮然とした顔で言うゴルドルフに、司は悔しげにうなずいた。
「原初の女神が創世に失敗したというのも、ひとつのものを創ると同時にそれと反対の性質のものが生まれ互いに打ち消しあったからなの」
「作用と反作用、等価交換、理論だけなら言及されている反物質による対消滅など様々な表現があるのだろうが、原初の女神ですらその法則に抗えず、ついにはその法則をねじ伏せると同義の不要なものを削ぎ落とす暴挙に出たということか。なんたる無様。それではその力だけによって創られたという世界なぞ行き着く先は暴走による自滅以外あり得んではないか」
 一流の魔術師としての矜持ゆえか、それとも宇宙創世を成そうとしたほどの存在の失態に憤ったのか、不機嫌な口調のゴルドルフにリナは苦笑する。
「まあ、おっちゃんが怒る気持ちも分からないではないけど。それにしてもよく言えたもんね。この話の流れからすると、司、あんたってその原初の女神が生み出した力ってやつなんでしょ?」
「「なっ!?」」
「ん? な、なに?
 マシュも新所長も大きな声出して……」
 絶句するマシュとゴルドルフの様子に、一人取り残された立香はキョロキョロと二人を見回した。
「わからんのか、藤丸立香! これだから素人は……」
「先輩、つまりですね、こちらにいる司さんは、ひとつの世界を創るため、原初の女神が自ら直接生み出した存在。第一物質ープリマ・マテリアに等しい存在とも言えます」
「プリマ・マテリア……宇宙のすべての物質の元になるという基本物質……それが自らの意思を持って存在している、だと?」
「そ。言わば、世界を創った神の子ってわけね、あんたは」
「否定はしないわ。結局、あたしは創世に失敗してるんだし、それで尊大になるつもりもない」
「へえ、意外と謙虚じゃない。んで、なんでその創世に失敗したはずのあんたが今ここに存在しているのかしら?」
 リナの問いに、司は膝の上に乗せていた手を強く握り締め答えた。
「それは……あたしは……願ってしまったの……消える瞬間に……助けてって。このまま死にたくない。消えたくない。誰か助けてって……それをあの子が叶えてくれたの」
「叶えたって……いったいそのひとはなにをしたんだ?」
「罪の……肩代わりよ」
 尋ねる立香に、絞り出すような声で司は答えた。
「罪の肩代わり……すみません、あまりに抽象的で私には理解しがたく……」
「抽象的も具体的もなにも言ったそのままなんじゃない? 罪の肩代わり。あらゆるものが暴走し飽和状態となった世界の負債をすべて引き受けたんでしょうね。その身体と魂のすべてで」
「バカな! あり得ん! いや、あり得たとしても、そのようなことにただひとりで耐えられるはずがない!」
「耐えられたのよ。忘れたの? そいつは世界から不要なものとして削ぎ落とされた存在。不要だという理由は創世したものを打ち消すーいわば反物質だから、よ」
「なるほど……それゆえに飽和した状態を打ち消せるのですね」
「で、でも、そんなことして、そのひとは大丈夫なのか? だって、肩代わりしたそれは世界が暴走して自滅するほどものなんだろ?」
「無事で済むはずがあるまい。しかも本来償うべきもの以外が背負うのだ。それは永遠にそのものを苛み続けるだろうな」
 悲痛な面持ちで沈黙する司の態度がゴルドルフの推測の正しさを物語っていた。
「……あんたは、そいつの存在を知っていたの?」
 冷たい迫力を含んだリナの問い掛けに、司は無言のまま首を横に振った。
「知らなかった。あたしは、母さんから何も聞かされてなかった。でも、母さんが時折寂しそうにしているのには気付いていた。だから、もっと世界を賑やかにしようとして……そうすれば母さんも喜んでくれるだろうって思って……でもそれは世界の暴走を早めることになってしまったの」
「あんたの母親……つまり原初の女神ってのね。そのひとは、そんな世界でどうしていたの?」
「母さんは、ほとんどの力をあたしを生み出すのに費やしてしまっていて、まったく身動きの出来ない状態だったわ。それでもだんだんと賑やかになっていく世界を見ては喜んで、それと同じくらい寂しそうにしていたわ」
「そう……でも、そいつは納得して罪の肩代わりなんてことしたんでしょ? だったら、あんたたちはその犠牲に恥じないように世界を創っていけば良かったんじゃない?」
「リナさん! 犠牲は犠牲になったままでいろって言いたいのか?」
「双方納得しているのならってことよ。それにちゃんと世界の運営ができていれば、そいつへの負担も少なくなると思うんだけど……その様子だとそうはならなかったみたいね、司」
 憤る立香をなだめるリナだったが、司は沈んだ様子を見せていた。
「あのとき……あたしが消えたくないって願ったとき、その願いに応えたあの子が世界に触れると、それだけで世界は対消滅を始めたの。飽和によるものとは違う消滅にあたしが創り出したものも消えたくないって願い、あの子はそのすべてを叶え、飽和した力をその身体と魂のうちに封じ、暴走した力と自分の両方から世界の消滅を救った。だけど、世界はそれを逆手に取って、世界創造の対価のすべてをあの子に押し付けるようになったのよ」
「なっ! そんな! それはそのひとが背負わなければならないものじゃないはずだろ? なんでそんなことを……それにそのひともなんでそれを受け入れたんだよ!」
「世界に居場所を作ると約束したそうよ。お前が居られるような世界を作るから、だからその間、対価を肩代わりしてくれって。でもそんなこと出来なかった。世界を作り、動かしていくだけで手一杯で、世代を重ねるごとにあの子との約束も忘れられ、世界は取り返しのつかないところまで腐廃してあの子に滅ぼされた」
「……ほろぼ……な、なぜです!? そのひとは世界を存続させる約束を交わしていたはずです! それがなぜ……」
「約束、つまり契約をしていたからだ。考えてみろ。そいつと世界との契約には『そいつの居場所を作る』という条件があるのだ。ならば、世界の腐廃によりそれが果たすことが出来ないのであれば、滅ぼすくらいのことをせん限りやり直すことは不可能だろう。契約が果たされるまで何度もな。そいつの意思など関係なく臨界に達すると作動する安全装置のように腐廃したすべてをその手で壊したのだろうよ。まるで間違った手法に拘って根源を目指す魔術師のようではないか、見苦しい!」
 腹立たしさにゴルドルフはテーブルを拳で叩いた。
「さすがにあたしも腹が立ってきたわね。
 司、あんたはそれをただ見てただけなの? 仮にも原初の女神に創世を託された神の子なんでしょ? なにも出来なかったなんて言わせないわよ!」
 冷静にと努めていたリナだったが、それも限界に達し、司を厳しく問い詰めた。
「あたしは……あたしが目覚めたのは、つい最近……」
 消え入りそうな声で答えた司に、一同、息を飲む。
「最初の対消滅のとき、あの子と接触したダメージは深くて、回復するまでかなりの時間が必要だったの。そして、目覚めたのは例のクリプターにより地球が漂白された直後のこと。そのときに初めて、あの子の存在とあたしの異聞帯の今までのことを知ったのよ」
「回復に時間がかかったって……つまりは宇宙創世から今なお続いているってことだから……」
「およそ百三十八億年と推測されます、先輩」
「その間、創世と破滅を延々と繰り返してきたというのか」
 想像のしようもない事実に、立香、マシュ、ゴルドルフは蒼白な顔で言葉をつまらせた。
「あんたが目覚めたその世界ってのはどうだったの?」
「漂白される前のこちらと似たような世界だったわ。魔術・魔法の類いは存在はしていたけど主流なのは科学技術だったらしいわ」
「……『らしい』ってなによ? まさかすでにその世界も……」
「そうよ。崩壊寸前の状態にあるわ。特別なことが起きたわけでもない世界だったけど、歴史的積み重ねで起きた緊張状態がどの国も国同士の組織でさえ身動きの取れない状態まで高まったところに『ある男が自殺をすれば世界は救われる』って世界に広まったの」
「なるほど、その『ある男』ってのがそいつなわけね?」
「ええ。世界の崩壊に備えて人間として生まれ変わったあの子よ。世界が限界を迎えたと同時にあらゆるものを壊すためにね」
「しっかし、そんなのが世界に広まるってなんなの? 神託ってやつ? でも魔法や魔術は発達していない世界なんでしょ?」
「表立っていないだけで裏にはちゃんと存在はしていたのよ。でもそれだけじゃない。科学的証明から噂話に至るまで世界中にそれが広まったの。異常な速さと深度で」
「それってまさか……世界自体がそのひとを自殺に追い込むために動いたってことなのか?」
「全部が敵に回ったって言っていたわ。今生の親兄弟どころか世界の全部がよ。日中は殺人的な日射し、夜中は極寒、吸う空気は毒気、それがあの子のいるところピンポイントで起こるっていう質の悪い冗談みたいなことが実際に起こって、それに巻き込まれた周りの人間からも迫害されるようになっていったの」
「そこまでして自殺に追い込むなんて……そのひとひとりが死んだとしても世界は変わらないんだろ?」
「いや、変わるだろうな。そいつが自死したことによる負い目に乗じることで多少の飽和状態を押し付け、世界の延命を図るくらいのことはするだろう」
「そう……なんですか? 司さん」
「その通りよ。しかもこれが最初じゃない。ひとつの世界が終わるまで数回は繰り返されることらしいわ」
「まさに生き地獄ね。
 それで? それからどうなったってわけ?」
「あの子は抵抗しているわ。世界が望んでいるのは自殺であって自然死や他殺ではない。なら最低限生きていられるラインは保障されるだろうって。でもそれは……」
「さらに酷な生き地獄に飛び込んだってわけね」
「ええ。文字通りあの子は死ぬ思いで生き続け、やがて世界は飽和による崩壊を迎えることになり……」
「そのひとは、またやり直すために世界を壊し始めたんですか?」
 哀しそうな顔で尋ねるマシュに、司は首を横に振った。
「いいえ。抵抗しているのよ、今もなお。崩壊していく世界で、世界中のありとあらゆるものに非難と罵倒、暴力を浴びて、世界が消滅するのに立ち会っているの」
「なんですって!?」
「まさか、世界が滅びるのを見届けているってことなのか?」
「それも敵となった世界から凄まじい攻撃を受けながらなんて……私の想像の限界を越えています……」
「ま、待て! 契約は!? 世界との契約にはどう抗っているんだ!」
「ねじ伏せてるわ、根性で」
「あ、あり得ん……」
 想像の斜め上をいく事態にゴルドルフは放心したかのように呟いた。
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