mixiユーザー(id:20649087)

2020年05月31日18:02

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河内見聞記供28 大航海で一挙にマカオへ(完)

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昨日書いたように、時系列で整理してみると頭がすっきりしてくる。それで言えるのは、一つは、私が最初に出会ったときはポルトガルの植民地だったこと。あのフェリーの渡し場から眺めた対岸の一角は、別の国として明確に遮断されていた。香港にパッテン総督がいたようにポルトガルの総督がいたはずである。それが1999年に中国に返還され、特別行政区となって政治が変わった。人々の暮らしは大して変更はなかったと思われるけれど。その直後2000年代に入って、カジノの開放、拡大路線と歴史保存地区が世界遺産となり、大きく発展へ舵を切ることになる。私が初めて渡し場からマカオの地を踏んだのはその頃である。さらにその10年後に、偶然得た教職の地からバスでホイホイと再訪したとき、渡し場のフェリーは廃止され、陸地での入境のみに代わっていた。マカオもここ数十年で大きな変化を迎えたのである。
2010年にマカオに渡ったフェリーの埠頭。現在は廃止されている。
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もう一つ言えるのは、ゆっくり時間をかけて再会を繰り返してきたことで、多少ではあるが住んでいる人々や町の雰囲気が身近に感じられるようになってきた点である。山田長政の江戸の時代から元々住んでいた地元の人々、広東人とポルトガルからの遠来者との交じり合った社会という性格は変わらない。が、長い時間をかけてポルトガル人の割合は減り、現在1%以下となっているそうだ。マカオについて当初から一つの疑念があった。ポルトガル人とはどんな人々で、歴史を通じて、華南の地で一対とも称される香港との違いは何か。ここ1,2年を見ても、香港では随分な混乱が続いているが、マカオはほとんどその動向が伝わってこない。

司馬遼太郎の「南蛮のみち」におけるスペイン人とポルトガル人の対比、つまり容姿から顔に張りがあり、頑質なほど自信に満ち、激情をもって人に接するスペイン人。片や小柄で細面、内気、シャイで物哀しそうで、人と接するに微笑を見せたポルトガル人。確かに私も同感である。ブラジルで見かけた彼らもそうであったし、8日間の本国への旅でもそれに外れる人を見た気がしていない。ただ、そこで浮かぶのは、ではどうして大航海時代に他国に先駆けてインド航路を発見したり、ブラジルを発見したりするなど当時最大の結果を残す民族たり得たのかという疑問である。どうやら、それには他民族の血が影響しているらしい。大航海への道を拓いたと言われるエンリケ皇太子、その祖父ジョアン一世は英国から王妃を娶っている。上記の大人しい血筋に、英国流の智をもって経済に資する、所謂ビジネスともいうべき血がもたらされたということらしい。15世紀までの世界では、海の向こうには巨大な絶壁があり、一端落ちると戻って来られないと信じられていたのである。そこに絶大な力を誇るローマカトリックの法王の意志が結合し、大航海の歯車が動いていった。だがポルトガルの勢いは続かなかった。冒険児と欲望のみの限界か、その後ビジネスの感覚を提げて台頭するイギリスやオランダにとって代わられていく、衰退の道を歩むことになったと、司馬さんは言う。

英国の血を引く香港はその後も発展を続け、アジアの金融の中心と謂われるほどに。マカオとの差は、その所謂「ビジネスの血」の有無なのかもしれない。冒険児の血は年を下ると共に薄れてゆき、もうほとんど認識できないほどになって、中国に同化したと言ってもいいのかもしれない。民族の血の移り変わりを見ているようで、甚だ興趣が尽きない。香港の方は、その血が増々濃厚に流れており、同化をめぐるせめぎあいを続けている。英国の残した大きな足跡なのだ。  (おわり)




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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月31日 18:20
    コンバンハ

    1月〜2月にかけてのタイ旅行の時にゴールデントライアングルに行き、初めてマカオを間近に見ました。
    元々はマカオに上陸する予定でしたが、コロナウィルスが蔓延し始めた頃だったのでマカオに入る事が出来ませんでした。
    今後、マカオに行く機会は なさそうなので、上陸する事が出来ず残念に思っています。
    ただ、カジノを見学する予定だったようなので、観光は出来なかったと思いますが…
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月31日 21:24
    > mixiユーザー ゴールデントライアングルって、タイ、ラオス、ミャンマー国境のカジノですよね。マカオとはどういう繋がりなのですか?今後機会がないというのも、行く気にさえなれば行けますよ。。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月01日 10:57
    マカオは2年ほど前に行きました
    歴史的背景はともかく
    賭け事は基本きらいなのでなんで行ったのか
    ジャージでブランドを買い漁る中国人にげんなりし張りぼてのベネチアやパリに私は正直げんなりしていた
    中国人のカジノ狂には眉間にシワがよりまくり
    私なんぞは行かなくて良いところだった
    印象にのこるのは旧市街
    西洋の美しい町並みと
    ホントに入るのもためらわれる怪しげな中華料理店
    ああそういう背景があったのね
    金ぴかに染まるホテル群を見下ろして
    はぁとため息がでた
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月01日 12:04
    > mixiユーザー 確かに、マカオをカジノの目線で見るとそうなりますよね。沢木耕太郎の「深夜特急」マカオ編読むと、カジノで賭ける話ばかりで幻滅でした。旧市街は歩いて楽しいし、坂道が多く長崎の感じですかね。レストランはいろいろあって、庶民の味はなかなかと思いました。国としての中国同様、好き嫌いの別れる町なんですね。私はとても気に入りました。因みに賭け事はしません、某検事長と違って。笑
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月01日 14:16
    もっと前にパライゾさんと知り合っていればね

    確かに歴史の交差点
    文化の交差点
    面白かったかもしれませんが
    長崎ににた坂道の洋館はエキゾチックでひととき心を酔わせましたもの
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月01日 16:11
    > mixiユーザー 言いたかったことの一端、通じたようでうれしいです。今回は疑問が、司馬さんの本で解かれた気分ですが、気分が晴れるということは、今のようなときこそ、有難いものです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月01日 16:54
    > mixiユーザー 

    「ラオス」と「マカオ」を、間違えてしまいましたあせあせ(飛び散る汗)
    マカオもラオスも、イコール「カジノ」と言うイメージだった為、すっかり勘違いをしました…
    お恥ずかしいあせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月01日 18:13
    > mixiユーザー 気にしないでください。私もよくやります。あんな田舎(でしょう、多分)にカジノですか。でも、トライアングルは場所的には、ラオスの古都・ルアンパバーンの近くと思われ、それは綺麗なところですよ。私はコロッといかれてしまいました。メコン川が雄大に流れています。「ダナン日記」の2018年6,7月頃詳しく書いていますから、良かったらどうぞ読んでみてください。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月02日 00:50
    冒険児の血、ビジネスマンの血、言い得て妙ですね。司馬遼太郎らしい慧眼です。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月02日 09:05
    > mixiユーザー そうです、慧眼ですね。○○の血とは言ってはいませんが(それ私の要約)、ポルトガルもスペインもビジネスの感覚は持っていなかった、後取って代わった英、蘭は提げて擡頭したと。前者は代わりにカトリックの布教という武器を持っていたという、すなわちローマ法王の後押しですね、イエズス会ですが。英蘭はプロテスタントですから、ギラギラした宗教的野心はなく、家康がオランダを貿易相手に地域限定で関係保持したと。。「南蛮のみち機很滅鬚ったので、今兇鮑篤匹靴討い泙后バスク人フランシスコ・ザビエルが中心のスペイン編です。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月02日 21:57
    香港・マカオ行った事ないです。何度か案は出たけど。。。まだ、しばらく行けませんね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月03日 10:06
    > mixiユーザー グループ旅行もいいが、一人旅、二人旅がいいように思います。ラスベガスみたいに試しにちょっとあそんでみるのもいいし、カジノは無視でもいい。私は無視しましたけど。年内は多少リスク覚悟になりますね。旅発散は国内からのようです。

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