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2020年05月04日23:28

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河内見聞記供20 ブラジルの日本人とドイツ人(完)

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ブルメナウは19世紀中頃、奴隷に代わる労働力を確保するため政府が欧州に移民を求め、参加したポルトガル、イタリア、ドイツのうち、(沿海部にこだわったポルトガルに比し)内陸に分け入り植民したドイツ人によるほぼ最初の町である。市名はそのリーダーの名から採ったということだった。(Blumen-花からというのは私の長年の誤解だった。)

日本人はやや北に位置するサンパウロ州の奥地の、ポルトガル人経営の大規模コーヒー農園の契約移民として入ったが、ドイツは中小規模の個人経営農園を営む数10家族の植民として移民生活を始めたそうだ。現在南部3州にそういった植民の地を起源とする市町村があちこち点在し、未だにドイツ語で生活する人が多いと聞いた。

その後迎える二つの大戦をブラジルは連合国側で参加したため、ドイツ系移民には永らく厳しい時代が続いたが、第二次大戦中は日本と共に敵国として米国と同様の強制収容所に一緒に隔離された由。なんとなく運命めいたものを感じる。

サンパウロは南米最大、1200万人の人口を抱える大都市で、私はそこで6年を過ごした。そこではイタリア系移民が一番多いと言われている。そして産業はサンパウロ以南の4州が圧倒的シェアをもち、私の活動範囲は9割以上そこということになる。自然と私の交際、交友関係は日本人、日系、独系、伊系ということになる。なんと私の駐在した国と重なるではないか?

いつしか、随分「移民」というものに引き込まれていったような気がしている。例えば、日系移民の本やTVドラマ、イタリア移民、ドイツ移民の本もいくらか読んだ。それぞれアレックス・ヘイリーの「ルーツ」のような壮大な物語である。将来時間ができたら、3移民の出会いをテーマにした小説でも書けば面白いだろうなと、アパートで空想にふける自分が思い出される。

すっかり寄り道をしてしまった。ブルメナウの見所の二つ目は、中心を外れた場所に大テントを張り、しかも5つも6つもあったと記憶する。それは正に、南独ミュンヘンの本拠、本物のオクトーバーフェストよりもずっと大きい代物であった。ミュンヘンのは自分も3度ばかり行ったことがある。あちらのは、中に客用の席が隙間ないくらいに置いてあり、いつ行ってもほぼ人で埋まっていた。南伯のはだだっ広く、閑散だった記憶しかない。ただテントは異なるブランドのビール会社のもので大きな垂れ幕や看板があった。注文し受け取るテーブルもとても長いもので、ほとんど待つ必要もなかったように記憶する。

だんだん思い出してくるのだが、テントには楽団が付いていて、各テント異なる音楽を演奏していた。ミュンヘンでは、テント毎ではなく広場に一楽団、それも吹奏楽団という構成だったような気がする。南伯では音楽は、サンバなどブラジル音楽、吹奏楽、ジャズなど多様であったと思い出される。それに客達はダンスを楽しんでいた。更に本拠ではオクトーバーとは言うものの、実際は9月開催、こちらでは暦通り10月だったと思う。同じ祭りでも、いくつかのアレンジが加えてあり、なかなか味があっていいと私は評価していた。

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昼間は通りで飲み、夜はテントで飲みのビール漬けの二日間、すっかり満足して岐路についたわけだが、ドイツ文化博物館が川の反対側にあり、橋を渡るときふと下を覗いたら水辺にたくさんのカピバラが群れてこちらを向いていた。「わざわざ日本から、お疲れさま!Boa viagem(良い旅を)」と言っているように感じられた。 (完)

写真上:夕方までに時間があって出かけたお隣Pomerodeの町の木組みの家
  下:カピバラと鴨の群れ

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月05日 21:38
    アレックスヘイリーの「ルーツ」、懐かしいです。TV放映でクンタ・キンテの名前が一躍全国区になりましたね。
    パライゾさんとドイツとの深くて長い繋がりも絡めて「新ルーツ物語」を書いてみたら如何でしょうか。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月05日 22:35
    > mixiユーザー そうなんですよね。10年来の捨てきれない「課題」じゃないな、もっと軽い、「妄想」かもしれない。「邪心」でもない、でも「憧れ」みたいな。しかし実現には相当のパワーを要します。ドイツもイタリアもある程度勝手知ったる地ですが、小説書くには取材がかかせません。体力と資金、ちょっと険しいな。。だれか同好の士を探すか。。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月06日 20:46
    違う文化が融合してまた新しい文化を生む
    そこには異国で暮らす移民の生活がある
    そして文化として根付いていく
    まるで昔からあったみたいに
    人間のしなやかさ
    人間は偉いな
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月06日 22:08
    > mixiユーザー 移民先の文化に溶け込むのは当たり前、生きて行くためです。同時に民族のDNAである文化を継承する想い、これまた尊い人間としての自然な在り方。異なる民族が共生する社会は、将来の人間社会のモデルを模索する活動かもしれません。そういった多文化共生の見本みたいな米国とブラジルですが、リーダーの所為もあって千鳥足というのは、困ったもんだ。。

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