mixiユーザー(id:20649087)

日記一覧

梅雨が明けて、猛暑のつづく8月初旬。コロナの息苦しさを紛らわせるため始めた空想の旅も、中国大陸から南米アマゾンに跳びブラジル各地を巡り、ポルトガル、マカオ、メコン川河口&中流域・ラオスから再び欧州のドナウ川へ飛んだ。コロナ第一波と第二波のは

続きを読む

柳生一族の居城跡を見終えて急坂の山を下りようとしたら、「一刀石」との道案内が目に留まった。道を進むと、武蔵が通ったと想像できそうな檜の森だ。 食事を摂った十兵衛食堂に置いてあったパンフレットに書いてあったのを思い出す。柳生の剣聖達が修行した

続きを読む

円成寺を出た私たちは柳生の里を目ざした。まもなく少し勾配のある県道を曲がりくねりしながら下って行くと、川の見える低地を、いくつかの集落を過ぎて、柳生の里に到着した。今では奈良市柳生町だが、石舟斎、宗矩、十兵衛の時代は将軍家兵法指南として柳生

続きを読む

過日日記冒頭に二十四節気「芒種」について書いたのは6月の初旬。以来、「夏至」「小暑」「大暑」と時は何も告げずにただ過ぎゆく。いま又月を越せばすぐ「立秋」がやって来る。今年はコロナ禍、オリンピック延期、7月豪雨、長い梅雨の年として記憶に残るのだ

続きを読む

写真:城山近くの道端で見かけた野草の花ドイツの川と言えばライン川が先ず思い浮かぶだろう。私にしても、最初に踏んだ土地はデュッセルドルフであるし、その日のうちに入った宿も、当時の会社の事務所もライン川沿いにあったのだ。その後仕事で何度も通った

続きを読む

夢想のつづき、メコン川からジャンプしてやって来たドナウ河畔。源流から始め、最も美しいと自称のブダペストの次は、最も愛して已まないPassau/パッサウのドナウについて思い浮かべることにする。パッサウはドイツとオーストリアの国境の町、Googleマップで

続きを読む

湯郷温泉と言ってもピンと来る人は少ないかもしれない。サッカーファンならなでしこリーグのチームのある町でもある。私は若いころ帰省は中国道で、高速からも簡単に行ける岡山県北の三名湯の一つと認識していた。今回の宿は、一階に浴場、食事処があり、共に

続きを読む

コロナ騒ぎも半年になる今週、久しぶりに温泉旅に出かけた。世界では欧米がやや静かになる中、ブラジルのトランプさんが感染したりインドやメルボルン、足元では鹿児島でもクラスター発生。東京、大阪も第二波のような気配も感じられる。5月の連休明けから温

続きを読む

2012年のことを夢想し、ブダペストのドナウについて書いている。あの年は初めての教職を1年経験し、結局青島の学校の給与不払いで帰国を余儀なくされたが、どちらかというと充実感の方が強く、しばしの休息の後、次の職探しにドイツへでかけたわけである。残

続きを読む

写真:王宮の内側から見える国会議事堂「美しき青きドナウ」はワルツ王・ヨハン シュトラウスの曲と共に今でも多くの人々の脳裏に浮かぶ。シュトラウスは敗戦に打ちひしがれた国民に慰めと勇気を与える歌を作るに際し、ウイーン子の魂の故郷ドナウを思い出さ

続きを読む

写真:ドナウの始まる場所森の国ラオスの古都でメコンを想い、はるか上流チベットに後ろ髪引かれる思いで、奈良へ飛んだ先週。メコンの次は、ドナウと決めていた。今回の夢想シリーズでは黄河、アマゾン、メコンに次ぐ大河になる。どれも長い河で全容を掴むの

続きを読む

平日に日記を書くの何カ月ぶりだろう。実は府県跨ぎが公式に許可されて、先ず行くことにしたのはお隣、奈良の東大寺だった。言うまでもない、コロナの厄払いである。というわけで、夢想シリーズは一休み。私の住む寝屋川市から奈良へは、四条畷市の飯盛山を越

続きを読む

先週は6年ぶりにメコンデルタを眺めるという夢を愉しんだ。毎日スコールに遇いながら、川の間近からの風景を懐かしみながら、しばしひと時の気持ちいい時間を味わった。そのあと日記を書き、それを終えてすぐ、次はラオスの古都のメコンを夢想しようと思った

続きを読む

2018年当時、計7回ルアンパバーンでの滞在記を残している。澄んだ空気、ほどほどの気温で晴天、モヤモヤ感のない心理状態、静寂。都会生活の邪悪な部分の欠けらも無い短期の滞在であった。刻々とした時の移ろいを蘇らせてくれる。https://mixi.jp/view_diary.

続きを読む

超自粛、緊縮のコロナ禍対応も、昨日19日でほぼ全国的に緩和された。早速の気晴らしの映像、東名高速も、浅草寺も、大阪USJも、ニュースで見うけられそこまでするかと、又全国すべての地でそうだったのだろう。わたしも来週から”おそるおそる”の動きを開始

続きを読む

この写真がハイバーチュン通りの川辺の公園で、初日ホテルから市場を抜けて、そこまで歩いた。所謂町の中心で、中くらいのホーチミン像があって、ベンチに座ると川向うに対岸の街が見える。ハイバーチュンもホーチミンもベトナム人なら知らない人はいない、そ

続きを読む

リスボンからマカオまでの大航海で、私はアジアへ戻って来た。思えば、黄河の下流域にある始皇帝の蓬莱山から、本当はメコンが脳裏に浮かんだのだが、何せ当時の写真がみつからない。写真無くして今回の夢想は迫力不足と即断し、南米アマゾンの河口、ベレンの

続きを読む

なんやかんやで6月になった。二十四節季の「芒種(ぼうしゅ)」が今年は昨日だったようだ。日記の冒頭にときに使う節季だが、記憶になく、改めて検索をかけると、稲の種を指し、種まきをする時期という解説にでくわした。大陸の黄河流域の物差しなので、いつ

続きを読む

 昨日書いたように、時系列で整理してみると頭がすっきりしてくる。それで言えるのは、一つは、私が最初に出会ったときはポルトガルの植民地だったこと。あのフェリーの渡し場から眺めた対岸の一角は、別の国として明確に遮断されていた。香港にパッテン

続きを読む

  巣ごもり下の愉しみに始めた夢想、初回の「曲阜」から3カ月経過。黄河流域から南米、さらにイベリア半島へ飛んだ。リスボンの港から東へ西へ出帆した大航海時代の冒険家達、宣教師達。今回、私の眼は東に向いた。ゴア、マラッカからマカオへ東進。各地を

続きを読む

8日も旅して写真が10枚しか残っていないと、前の(2)章で書いていた。しかし、おかしいなとずっと考えていた。東京在住のOさんに撮ってもらった最高に気に入った大判写真があったはず、だと。月曜日の朝、もう一度書架を探すと袋入りの写真が、本の間に積ま

続きを読む

河内見聞記供‐休止
2020年05月18日11:29

夕べ、ポルトガル編を書き終えることができなかった。書く内容が残ってしまったので、今朝一気に書いておこうと思ったところ、見つからなかった写真が一部出て来た。なので、第二章はまた週末に書くことにした。  (つづく)

続きを読む

 今に残るポルトガルでの印象を、いい機会なので書いておく。当時は旅行記などほとんど書いていない。写真で残せばいいと思っていたかもしれないが、この記念旅行のように、肝心な写真がどこに行ったかわからないのでなんてことはない。又しても人間の知恵の

続きを読む

サンパウロからリスボンへ飛んだのは2006年6月15日、帰国の一年前だった。当初から意図していたわけではない。前年に会社生活30周年を迎えていて、福祉制度の一環として夫婦での旅行に補助がでたのである。それで翌年旅行することになり、どこにする?→ 久

続きを読む

コロナ禍は4か月ぶりに小休止か、緊急事態宣言は部分的に解除なるも、我が大阪はそうはならず、自粛の生活が続く。昨年末に東シナ海を越える予定が自宅待機に。法を犯したわけでもなく、自由を奪われるも訴える先もない、不条理としか言いようがない。命に限

続きを読む

若葉萌え出づる新緑の五月。この季節も私はとても好きだ。我家の四囲を眺めると、梅も桜も、栗も柿も、椿や蜜柑など常緑の木々に混ざり、伸び出した野草と相まって一面の緑の世界である。何が良いって、心が落ち着くのがいい。サンパウロは南米最大の都市。海

続きを読む

ここまでは、過去3ヶ月以内に投稿された日記です。

これより過去に投稿された日記を閲覧するには、画面左の「過去の日記」内にある年月をクリックすると該当月に投稿された日記を閲覧することができます。