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2021年09月29日05:46

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わからなくても感じる「何か」

オーストラリア大陸の原住民であるアボリジニーの人々のアートについて、「それは人間と自然が交わしている秘密の会話のようなもので、視覚的には何が描かれているかはよくわからなくても、そこに自分が感じる『何か』が実は、画家が一番言いたいことなのではないかと思うのだが、いかがだろうか」と内田真弓さんは書いていた(東京新聞 2021.9.21)。

そう言われて思い出すのは笹川諒さんの短歌のことである。今年の6月17日の記事(*)にて笹川さんの〈もうとても絵には描けない庭がありあなたはそこでまだ濡れている〉という一首(「短歌人」2021.5)について、「『もうとても絵には描けない庭があり』というフレーズを繰り返し思うことによって、何がしかのイメージが静かに現れてくる。そこへ『あなたは…』という下の句を付けた時におのずとひとつの感慨が生ずる。それ以上言葉化はできない。言葉化できるぐらいなら歌に詠む(あるいは『詩化する』と言った方が適切かも知れない)ことはない…、というふうに僕は受け取る。詩を散文で説明できるなら初めから散文を書けばよいのだ」と書いたことがあった。
(*)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1979546389&owner_id=20556102

つまりは、“論理的には何が言われているかはよくわからなくても、そこに自分が感じる「何か」が実は、作者が一番言いたいことなのではないかと思うのだが、いかがだろうか”、というわけである。もちろん、この場合は作者の抱いたイメージと読者が抱いたイメージとが一致する必要はない。しかし読者が抱くであろう諸々のイメージ群には通底するものがあるだろう、ぐらいの見通しがあればそれで十分なのではないだろうか。

僕は上記の記事を高木佳子さんの〈理知〉に拠る笹川作品の読みに対する違和感とからめて書いたのだったが、その後「短歌人」2021年7月号の表紙裏の歌集紹介の欄で、大室ゆらぎさんが「[笹川さんの歌は]すべての事柄は喩によってしか表現できないのだということに自覚的で、そうした喩の成就に賭けているのだろう」と書いていた。が、「喩」と言ってしまってよいのだろうか? という疑問がなおも残ったのだった。直喩はわかりやすいが、もし笹川作品を「喩」として読むならそこで使われているのはもちろん隠喩、ということになるだろう。しかし、「喩」はなお〈理知〉の産物である。比喩するものAと比喩されるものBとの間にはかくかくしかじかの対応関係があるのだろう、と言葉化して説明できるかたちで読者は読むということになるが、笹川さんの作品はその域にとどまるものではなく、もう少し深層心理に近い所にあるように僕は思う。

言葉は言葉である以上は何らかの「意味」を伝えるものであるはずだ、という思い込みが読者の側にはある。吉本隆明のタームで言えば、詩歌の言葉であってもそこには何ほどかの「指示表出」のベクトルが含まれていて、それを手掛かりに作品を享受することができる、という思い込みである。おおかたの作品はこのように思い込んでいてもさほど無理なく鑑賞できるものなのかも知れない。しかしこの思い込みには、スターリン風の“言語=道具”説がひそんでいるだろう。言語は「意味」を伝える道具として機能するものである、という見地である。

かなり前だが、短歌人東京歌会の途中で、あるお方が「コメントを言うひとは先ず一首の解釈を述べ、次に鑑賞を述べるという手順を守って発言してほしい」と注意を喚起する発言をされたことがあった。この手順はたいていの歌会で(暗黙のうちに、かも知れないが)前提とされているのではないかと思う。が、そこに言う「解釈」は一首を散文に翻訳するという作業とほぼ等しいものだ。笹川さんのような作品が歌会に出されたら、「わからない」で済まされてしまうか、あるいは、もっと具体的に言ってほしいという注文がつくか、というふうに遇されるのではないだろうか。

それで、「上手く説明できないのだけれど、ああ、いい歌だなあ、と思います」と言ってそれ以上は何も言えない、というようなことが歌会の場にあってもよいのではないか、と僕は思ったのだった。


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