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2017年03月26日08:06

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新聞歌壇より(88)

昨日まで友達だった通り魔は離れろと叫びながら刺した   風花 雫

…日経2017.1.15。通り魔とは誰でもいいから殺りたい者の謂である。向こうから二人連れが来る、よし、殺ってやる、と思えばそのうちの一人は友達だった。離れろと叫びながらもう一人の方を殺ったのだ。誰でもいいと言いつつ働く微妙な心理を掬い取った一首。もちろんこちらとしてはそやつは「昨日まで友達だった」と過去形で言うしかない。結句6音が不穏感を醸し出している。新聞歌壇とかNHK短歌とかいう媒体は、あまりに世の安寧秩序というか、公序良俗に反するような作品は採らないのではないか、となんとはなしに思っていたが、たぶん選者の穂村弘さんはそんなことは一顧だにしないのだろう。作者の風花さんと、この歌を3首目に採った穂村さんに拍手を送りたい。

信号は都会の人を走らせる日に何回も点滅をして   岩間啓二

…読売2017.1.30。信号が青、黄、赤の順に点灯しては消灯してゆくことを「点滅」と言って言えないことはないが、ここはやはり歩行者用信号の青が、もうすぐ赤になることを知らせるために点滅する、あの「点滅」だろう。青の点滅は“急がぬ者は次の青まで待て”ともとれるが、おおかたの歩行者は“急いで渡れ”と受け取って小走りになる。その瞬間だけ歩行者は走行者になる。信号機という物象が主語となって人を「走らせる」という転倒した事態…というのはお馴染みの構図だが、この歌の良い所はあまり具体を言わず「都会の人」「日に何回も」と抽象化したことによって、あちこちの都会で今日もあまたの人が走らされている…、というふうに累積的な視野が広がる所である。

右肩の下がる歩行を指摘され素直に認む「もういいのです」   吉富憲治

…読売2017.2.6。おのずと作者の(丁寧に言えば作中主体の、と言うべきか)年齢が伝わる。右肩が下がるというのは、おそらく骨格の矯正が要るような話なのだろう。今までの人生で、右肩が下がっていますよ、と、もう何回指摘されたことか。若い頃はその都度気にして、なんとか直らないものかと思ったりもした。が、この齢になって悟ってしまったのだ。ご指摘ありがとうございます。でも、もういいのです。というようなことは種々ありそうだなあ。「あなたの歌は所詮モノローグだ」「ご指摘ありがとうございます。でも、もういいのです」なあんてね。

字を忘れ物の名わすれおぼろなりやがて静けき土となるべし   花尻真樹子

…読売2017.2.27。人生の終り近くの日々にこんな心境になれるなんて、なんて幸せな方なんだろう。僕の母も、今、いろいろと忘れつつあり、しかし穏やかな日々を送っているが、もうこんなふうに歌を詠むことはできないだろう。さかのぼって何代か前のどなたかは、死にたくない!と叫んで入れ歯を投げたとかいう話を父から聞いたこともあった。「やがて静けき土となるべし」と言われると、「静けき土」がなんともなつかしいもののように思われてくる。「土」に代えて「海」でも、また、「宙」でもいいのかも知れない。選者の岡野弘彦さんは上の句には共感の思いが深いが、下の句で示された諦観については「さて、わたしはどう覚悟しよう?」と選評に書かれている。しかり、おおかたの読者はやはり惑うところだろう。

小学校一年生の徒競走のきみを想へば母乳が出さう   西澤孝子

…日経2017.3.4。先日、森水晶歌集『羽』をご紹介した時に、「背伸びして二十歳のわれを抱きしめてくれるだろうか十二歳の君は」という歌の項でこの西澤さんの歌を引いたことがあった。この西澤さんの歌の場合は「きみ」が年下かどうかはわからない。まだ出会っていなかった頃のきみの過去を思う果てに、小学校一年生のきみの徒競走を想像した。なんてけなげにがんばっているんだ、と思えばいとしくて母乳が出そう、というのである。この「母乳」にインパクトがある。フェミニズムの側から言えば、男女の対関係に母子関係を重ねるような発想が、日本の女の駄目なところだ、ということになるかも知れないが、でも母乳が出そうなんだもん、というなら素直にそう表現すればよい。あらゆる「かくあるべし」に縛られないのが文学というものだろう。

家中の蛇口がしまらないような微かに甘い不安とねむる   山田水玉

…東京2017.3.19。家中の蛇口が故障して水がダダ漏れになっている……わけではあるまい。パッキンが緩んで完全にしまりきらず、たら、たらと水が滴り落ちている。家中の蛇口から水が滴っていたら、それは「微かに甘い不安」の比喩としてふさわしいだろう。「ねむる」をかな書きにしたのもいいと思う。作者の山田水玉さんは、掲載日の前日、3月18日に開催された短歌人東京歌会に見学ということで初参加された。その時に出された歌もユニークな表現だった。短歌人に入ってくださるだろうか。


【最近の日記】
「短歌人」の誌面より(106)
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