mixiユーザー(id:20452152)

2022年01月20日23:17

75 view

現代美術への注目と,百貨店の果たす役割についてのお話

 現代美術に対する注目が高まっているようですね。

 百貨店は,日本における美術の普及に大きな役割を果たした存在です。特に地方における美術館が未整備だった時代,人々に対して美術鑑賞の場を提供したのは百貨店でした。僕の子供時代にはもう地方都市にも美術館が整備されつつありましたが,それでも東京においてすら海外の美術館から貸出を受けた作品の展覧会が百貨店で開催されていたのをボンヤリながら覚えています。現在でも館内に美術館を供えている横浜のそごう百貨店などでは,販売を目的としない展覧会が開催されていますね。それ以外の百貨店では純粋な展覧会はあまり行われなくなりましたが,現代においても多くの百貨店にはアートギャラリーが存在し,販売を兼ねた展示会が頻繁に開催されています。実は僕もつい先日,東京・銀座の松屋百貨店で絵画展と磁器展とを鑑賞して参ったところで,実に見事な作品が数多く展示されている会場を前に「充実した美術鑑賞をしたいと思ったら,百貨店で開かれる展覧会に目を向けない訳にはいかない」と強く実感させられてしまいました。

 さて,そのような百貨店のアートギャラリーで現代美術の展示販売会が開催される機会が増えてきているようです。2020(令和2)年には東京日本橋の三越百貨店に現代美術専門の「三越コンテンポラリーギャラリー」がオープンしたのは我々の記憶にも新しいところですね。そうした動きが見られるのは東京だけではありません。名古屋栄では僕の大好きな現代美術家である銀ソーダ氏が,つい先日やはり三越百貨店で作品を発表したばかりです。そしてこの記事によれば,大阪心斎橋の大丸百貨店で"ART SHINSAIBASHI"という現代美術の展示販売会が現在開催中だということです。販売されている作品の価格は最低でも10万円と決してお安くはありませんが,最高では何と8,800万円というのですから随分と高価な作品も取り扱われているのですね。
 これは僕のような昔者にとっては喜ばしい気持ちとともに驚きを禁じ得ないことです。百貨店は都市にとって極めて有益な文化の発信装置ですが,それと同時に商店です。お店である以上,文化的な価値が高いからといってニーズの高くない美術品を展示したり販売したりすることは出来ません。そのため百貨店で取り扱われる美術品は「より多くの人々に好ましく感じられる」ものに寄っていく傾向があります。これは昔からで,バブル華やかなりし時代には横浜そごうと同様に館内に美術館を設けた百貨店が数多く存在しましたが,そうした美術館の多くは主に俗に言う「泰西名画」を取り上げていました。例外は東京・池袋の西武百貨店にあった「セゾン美術館」くらいでしょうか。現代美術に展示の場を設けたという意味では非常に大きな社会的意義がありましたが,集客という点では全く役に立たなかったと聞いております。しかし現代においては百貨店で商品として取り扱われるほど,現代美術の人気が高まっているということでしょう。

 但し,この情報だけを根拠に「現代美術が人々の心を摑み始めた」と断定するのはやや早計でしょう。美術品は「投資」という目的で購入されることもあるからです。作品としての魅力などではなく「将来高くなりそうだから」という理由で購入されているとしたら,それを「人気がある」と表現するのは少々問題でしょう。しかしそうした心配は無用なようですね。大丸心斎橋店の美術担当バイヤーである阪東広文氏によれば「コロナ禍の中でアートマーケットが非常に活況を呈しており、(註:令和3年)12月の美術売り場の売り上げは前年の2倍になった」ということで,その理由として「アートは従来、ステイタスシンボルや資産性を期待して購入されることが多かった。しかし、近年はコロナ禍の影響もあり、インテリアやファッションの一環として楽しみ、対話と共感から購入につながる傾向にある。SNSで発信する作家も多く、双方向でコミュニケーションがとれて特別な体験を提供してくれる存在になりつつある」「外商客だけでなく一般客にとってもアートが身近になりつつある」ということを指摘しておられます。つまり少なくとも「投資の対象として」という理由のみで購入されているわけではなく,実際に鑑賞し楽しむことを目的に美術品が購入されているということですね。これは美術品全般に対する状況ですが,同氏によれば「現代アートが伸びており、これまではついで買いの商材だったが、今は売り上げの半分を超える」ということで,やはり現代美術が人々の心を摑みつつあるというのは間違いの無い事実のようです。

 こうした傾向は先述のとおり,僕のような美術好きにとっては大変好ましく喜ばしいことです。当然の話ながら美術家も社会人であり職業人である以上「将来食べていけるか」ということは考えざるを得ません。「現代美術が人気を集めつつある」という状況は,美術の才能に溢れる有能有為の若者たちがそれを職業にしようと考えるうえで極めて有利な条件でしょう。多くの若者たちが新しい作品の制作に励み切磋琢磨してくれれば,より多くの優れた作品が生み出されることになるに違いありません。
 そしてそのような傾向を更に強化していくという面で,百貨店の果たす役割は極めて大きいものであるといえると思います。現代美術が人気といっても,世の中にはそもそも美術にそれほど関心の無い人も多いことでしょう。また関心はあっても,僕を含めた素人には「どんな作品が必見なのか」ということはなかなか判りません。美術に関心や知識の薄い人々も来店する百貨店において専門の研鑽を積んだ美術担当職員の厳選した優れた作品を展示することで,より多くの人々が「現代美術というのは良いものだ」「このような作品が特に注目に値するのだな」といった有益な知識を得られるに違いありません。
 ただ,僕としては「百貨店で現代美術の良さを知ったなら,街の画廊や美術館などにも足を運ぶと更に良い」と考えます。先述のとおり,美術品に限ったことではありませんが,大勢の人々の訪ねる百貨店においては,質の高さは当然として誰からも好ましく感じられるものが重点的に取り扱われる傾向にあります。先に触れた泰西名画の諸作品は現代美術ではありませんがまさにその典型例ですし,現代美術における銀ソーダ氏の作品も同様です。いずれも高い芸術性を持つと同時に,誰もが好きになり心惹かれるようなポピュラリティをも併せ持っています。そうした諸作品を観ることが美術鑑賞を楽しむ際に決定的に重要であることは論を俟ちません。しかし一面,ポピュラリティ重視の結果として「百貨店では個々人の個性的な好みには必ずしも対応しきれない」という面があることもまた否定出来ません。通常の商品においてそのような需要を満たすのが街の専門店であるのと同様,そうした個性的な美術品を観るには街の画廊や美術館に出向く必要があるでしょう。画廊においては廊主や顧客の好みに合わせて個性の強い美術品が取り扱われているし,美術館においては「芸術的に優れているが,市場のニーズは高くない」作品をも積極的に展示しています。買い物上手な人々は衣装であれ食材であれ,百貨店と街の専門店とを上手に使い分けていますね。美術においても同じことをすれば,より見巧者にもなれるし良い買い物も出来るようになれることは疑い有りません。

 いずれにせよ,現代美術の人気が上昇し需要が高まっているという現状は,今後の美術の進歩発展という面で大きな追い風です。美術好きとして非常に嬉しく思うと同時に,将来にわたって多くの優れた作品に触れ続けることも出来そうだと大変楽しみに感じることでもあります。そして僕は改めて「そういう楽しみを感じられるのも,美術を好きになったからだ。美術の良さに気付いて本当に良かった」と思っております。



大丸心斎橋で現代アート展 コロナで高まる「美術需要」
https://www.wwdjapan.com/articles/1308583
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年01月>
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031