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2019年11月21日02:44

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ガラス製実験器具と,僕の恩師のお話

 僕の中学時代の恩師は物理学者です。東京大学を卒業後も研究者として活躍を続け,またロシア語にも非常に堪能でチェルノブイリ原発事故の被災者を治療する医療チームにも参加するような方でしたから,端的に言って凄い先生だと感じましたし,今もその思いは全く変わっていません。授業は非常にハイレベルで進みも早く,頭の良くない僕などはノートを取るだけでも大変な苦労でしたが,中学生のうちに学究の謦咳に接し学問の一端に触れることが出来たのは,僕の人生の中でも最大の収穫だったと今も大変嬉しく誇らしく思っております。

 その恩師が,つい先日まで小学生だった僕たちを前に第1回目の授業で実際に見せてくださったのがガラスによる実験器具制作です。僕の中学は高校併設だったこともあり,物理講義室ではかなりの充実した実験を行うことが出来ました。そこで恩師がちょうどこのツィートの職人さんのように複雑な実験器具制作を実演して下さったのをとてもよく覚えています。「実験器具ってお店では売っていないのですか(o・ω・o)?」という質問を受けての「売っている器具では出来ない実験もあるのだ」というご説明に納得しつつ,次に誰かが「大学では皆が実験器具を自作しているのですか?( ・◇・)?」という質問すると「そういう訳ではない。私は思うところがあったのだ」と恩師が仰っていて「さて,思うところとは何だろう」などと感じたものでした。

 今回このツィートに寄せられたコメントから「東京大学から米国に移籍した大野貢氏というガラス職人が存在した」と知ることが出来ました。英語版Wikipediaによると大野氏は1947年から1960年まで東京大学のガラス工房に勤務したのちにカンザス州立大学に移籍し,そちらで1961年から1996年までやはりガラス器具等を制作する傍ら工芸品の制作にも力を入れたようです。Twitterのコメントにある「東京大学での待遇が悪くて移籍した」という話の真偽については分かりませんが,時代的には僕の恩師も大野氏に実験器具の制作を依頼していたかもしれませんし,少なくとも大野氏が勤務していた時代,そしてアメリカに移籍してしまった時代とは時代が合致します。とすると恩師の「思うところ」とはこうではないでしょうか。「自分で実験器具を制作できないと,最悪の場合には実験を続けられない」と。

 ツィートの本文にはこうあります。「経験豊かな職人が減り、今ではたった1人の職人が全学のガラス加工を引き受けています」と。状況は分かりませんが,以前は複数の職人さんが居たことが伺えます。そして今や中学生ならざる僕はハッキリ分かりますが,市販の実験器具だけでどんな実験でも出来るということは有り得ません。東京大学は理科系の学部だけでも教養学部・理学部・工学部・薬学部・農学部・医学部等を擁し,それ以外の学部でも理科系の実験が行われることもあるでしょう。とすると,たった1人の職人さんがそれらのニーズ全てに応じているとは考えにくく,必要な実験器具は外注で作られているか,教員や学生が自ら制作しているか,或いはその両方かです。それは「大学職員である専門家に制作してもらう」よりも時間を要し,実験の迅速な完成を目指す上でもプラスとは思えません。恩師のようにガラス工芸の技術をマスターしてそれを見せることは子供の教育の現場において確かに有益でしょうが,全ての学生が中学高校の教員になるわけではないし,そもそも不器用な者にとってはガラス工芸という専門技術の習得は容易ではありません。事実,実演で興味を持って恩師にガラス工芸を指導して頂きたいと頼みに行った同級生たちは「これは危険なので,それは出来ない。最悪,諸君の命に関わる怪我をさせたら私は責任を取れない」と拒絶されたという話を聞いております。

 東京大学という日本一の大学が今後も研究を進めていくに際し,実験器具を制作する次世代の職人を採用し育成する必要は無いのでしょうか。幸いにして即戦力となり得る人材ならば大勢存在します。美術大学の工芸科で学ぶ学生さんたちは高度なガラス細工の技術を既に習得しており,かつその多くは卒業後にもその技術を活用した職に就くことを願っています。そうした優れた人材を雇用し,現在もただ1人在職している職人さんに指導して頂けばガラス工房は将来にわたって優れた実験器具を制作し続けることが出来,また美学生にとっても有力な就職の場となるでしょう。

 …思えば恩師から僕たちは単に物理学のみならず,広い視野を持って大局的な考えを持てるような物の見方を常々指導されました。そして恩師自身もそのために専門外の分野である文学を学びドイツ語の歴史書を紐解くといった研鑽を怠らず,視野を広げるための方法を背中で教育して下さいました。「仰げば尊し 我が師の恩」という有名な歌の一節は,まさに僕の恩師のことを歌っているかのように感じられます。
 今回のガラス工房についてのツィートも,僕には恩師からの突然の口頭試問のように感じられます。不肖の弟子は中学入学時からどこまで視野を広げ,大局的な見地から自分なりの意見を表明できるようになったことでしょうか。この文章を書いていても「御粗末!」という恩師の叱咤激励の声が聞こえてくるように感じるばかりです。



https://twitter.com/UTokyo_News/status/1194149861177708544
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